マニュアルに限らず、なぜ教えても教えても
自分の身にならないのか?
やってみせ、言って聞かせて、
させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。
山本五十六はこう言ってますね。
そしてこれには続きがあります。
話し合い、耳を傾け、承認し、
任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、
信頼せねば、人は実らず。
「見守って」って所がいいですね。
あくまでも自分から始まらなければ意味が無い、と。
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上司がいくら口を酸っぱくして言っても、
100回繰り返して言っても変わらない人は変わらないものです。
よって、職場の秩序を維持できる人の教育や
管理する為の仕組みやシステムを取り入れますが、
それでは不十分です、
例えば、管理する本人が
いない場合はどうなるでしょう。
とたんに本質が出てきます。
これはミステリーショッパーを
導入された会社さんならわかると思いますが、
責任者がいる時の規律というものは、
意外に脆いものです。
強制的に張った弦は、離せば弛むのは当然、
自分で張れるようにする必要があります。
ここを今まで誰も手を付けなかった。
前提に「合理的・画一的」という
方法が無意識的にあったからでしょう。
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本来、こういったものは非効率です。
逆を言えば、非効率性こそ正しいわけです。
学校で教師がある話をした。
一人は心に響き、もう一人は上の空だった。
良書と言われる本を全員に読ませた。
一人は感動し、一人は全く頭に入らなかった。
それが当たり前なんです。
一人一人の「トリガー」は違うわけで、
それを探すのが一番難しい、と。
よってunreveの提供するマニュアルは
常に全員で編集される仕様となってます。
自分流という経験則を形式化させています。
現在は、すでに作られてるマニュアルを
覚えるように教育させていますが、
インプットの時点では、
どれだけ分かりやすく説明しても
手とり、足とり教えても、 身体的反応だけ。
情報は右から左に流すだけですから、
他人に説明もできません。
自分で触れてもいない、感じてもいない状態で
理解しろ、というのは、無茶な要求なんですね。
反面、個人のフィルターをベースに
再構築させる場合、
作った人なら分かりますが、
無意識的に本人の『パターン』が出てきます。
つまり自己パターンが表層化できる、
それを使ってバイトやパートを
教育していくなら、なおさらです。
ここを今までは閉鎖型(メモ書き)程度で
終わらせていたんですが、
それを共有知として開放型にすることで、
インプットとアウトプットが可視化できるのです。
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支援したチェーン店の大半は
マニュアルを渡されるか、言われた事を
そのまま書くだけで終わってます、
そんな形骸化された指導はいらないでしょう。
マニュアルを渡されるのとなんら、変わりません。
しかし、ごく稀にそのメモをちゃんと
自分流にアレンジしている人がいました。
それを見ると、現場ごとの微妙な誤差が
書いている、これを見て閃いたんです。
個人(個店)という閉鎖系の概念を
閉鎖系で終わらせず、開かせればいい。
それで売上(作業)が好調になるなら、
そのマニュアルを他店に水平展開できるし、
不調でも「その原因が分かる」。
どっちに転んでもメリットがあるんです。
その仕組みさえあれば、SVは必要ないんですよ。
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