2016/12/23

なぜ公衆トイレがあるのか




我々が必ず使う公衆トイレは
トイレットペーパーが必ずあって
都会では大半がウォシュレットになってますよね。



手洗い場もあるし、乾燥機もある。
日本人にとって、それは当たり前に
なっているんですが、海外の人からすれば
めっちゃ感動するらしいですね。



「キレイヤン!ステキヤン!」って(笑)



まあ、海外に行かれた方なら
わかるでしょうが、個室がないところや
男女共同って国もありますからね。



多分、「用を足せればいいじゃん」
みたいな感じなんでしょうな。
そんな公衆(公共)のものって、意外と
その国の文化や個性(美意識)が現れている気がします。




今日はそんな「公衆」な小噺(゜-゜)








両方、中国のトイレ(どっちやねん)





さてさて、公衆トイレをなぜ作る必要が
あるのかって言えば、それが我々の持つ
生理現象だからですよね。



つまり人類(動物も)が持つ純粋行為ってこと。
その純粋行為は禁止することができません。



外で小便するなとは言えないでしょうし、
草むらでやれ、ってわけにもいきませんからね(笑)



じゃあどうするか?ってことで
こういった「公用」の「私用」が作られるんですな。



難しく書くと人間(私)が持つ純粋行為は
それを包括する制度や場が社会(公)に
作られることで、安定するのです。



風俗だってそう。人間の本来である
純粋行為を社会的な約束事にするために
ある種の「枠」を作ってるわけです。
(これがいわゆる合意形成ね)



で、以前も書いたけどそんな「公」での
純粋行為はその「枠」に従わないとダメ。
構成と抑制が必要となります



外で「もよおしたら」あそこに行きなさいよ、
男だったら青の場所に入りなさいよ、
あの場所のあのマトを狙いなさいよ、ってね笑




(あたりまえですが)それまで我慢します。
コンビニのレジ前でやる人なんていないわけです。



反面、子供は抑制ができないから、
どこでもフルチンでやっちゃいますよね(笑)






まあ、他にも大小色々ありますわな。
行列に横から割り込んじゃダメ、とか、
音を立てて食べちゃダメ、とか。
ペットのフンをちゃんと始末しろ、とか。



これを「マナー」と呼ぶ人もいれば
「エチケット」と呼ぶ人もいるし、
中には「常識」と呼ぶ人もいるんですが、




それを不自由だって言う人はいませんよね。




「自由の侵害だ!」とか言わないし、
そうやってる人を「自由な人だな~」って
思わないでしょう。





☞☞☞




さて、ここからが本題。
人間の本音とは本質的に純粋行為(思想)です。



よく考えたら分かるでしょうが人間の
本音なんて動物となんら変わりません。
基本「腹減った」、「眠たい、ヤリたい」、
「ムカつく、殺してやりたい」じゃないかしらん。
(宣長の言う真心ではない)



戦争の根幹である支配欲もそうでしょう。
パンセよろしく「ここは僕のもの!」
報復テロも純粋行為、本音です。




そんな弱肉強食、動物的な世界を
避けるため、抑制と構成である一定の
枠を作り、制度化するんですね。








人間の自由は不自由と
セットになってるから簡単じゃありません。




しかし、そうするしか方法はないんでしょうな。





0 件のコメント:

コメントを投稿