2017/09/13

可能性の世界へ



「確かなものへの追究」。
僕はそんな飽くなき探求をしている人が大好きです。


ただ彼らは完全なものが存在しないって
分かってるんですよ。「そんなのは幻想だ」、ってね。


もし完璧なもの、普遍的なものがこの世に
あったとすれば、それは「終わり」の合図。
そこから先はもう、進むことはできない。



矛盾してるけど、だからこそ
終わりのないものに向かうのです。





いつかどこかで終わってしまうものであれば、
人は「願う」こと、「求める」ことを止めるでしょう。


答えがもう分かってるもの、
計算したら可能性ですら
出てくるようなものに僕らは
願うことはありません。


そこから面白いものが生まれるだろうか。
人との付き合いだってそう。相手のことを
完璧に理解してしまった先に、
心が揺り動くことはあるのでしょうか。


おそらくその先には何もない。
そして多分にそれは機械がやったとしても、
なんら大差はないと思うのです。


***


もっと先が見たい。もっと満足するものを作りたい。



もっと深い感動を味わいたい、もっとあなたのことが知りたい。



もっと、もっと・・・
そう願い、求めることによって
はじめて「可能性のドア」が開きます。
命が輝く瞬間って、そんな時じゃないかと思うのです。


それはお金とか市場シェアみたいに
目に見えるものを追いかける貪欲さではなく、
欠如という概念でもない。



幻想だと知っててなお求めていくその姿勢。



それはそれは潔いものです。



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