2017/04/10

べ、別に



僕が好きなFCの一つ、リンガーハット。
トンカツ浜勝も好きだし、チャンポンも好き(。-`ω-)ウマイヨネ



この間なんてお昼に浜勝食って



夜はリンガーハットやったもんな。
なんやろ、この株主的な行動原理は。





帰りにこれもろた。



ヤバイなー。有効期限が5月7日の
「ぎょうざ3個無料券」がついてる。



ぎょうざタダやし、ついでに喰ってみるか。
牛・がっつりまぜめん。



べっ、別にあんたの事が
気になってるわけじゃないんだからね!



2017/04/09

オセロとパズル


呼吸する組織論二回目。
一回目はこちら


外部にせよ内部にせよ、目的と優先順位を
間違えたチーム構築はあまりいい結果になることはありません。


よくあるのが「扱いやすい人」を中心として
作っていくもの、俗にいう「イエスマン集団」です。


これが仮に誰でもできる「作業」であれば
(一応)うまくいくでしょうが、そんな
個人的な好みを最優先にしてしまえば
当然、当たり障りのない予定調和なものしかできません。


例えば優秀な営業マンって一匹狼というか
非常に単独プレーが好きな人が多いですよね。
そんな人に 「態度が悪い」や「協調性がない」と
集団行動を強要すると途端に売れなくなってしまいます。


企画をバンバン出せる人もそう。
良い意味で彼らは「周囲の空気を読まない」
からこそ斬新なアイデアが出せるのであって、
彼らの価値は作業ではなくその「仕事」にあるわけです。





昔はそんな人がいても上司の理解がありました。
勝手な行動をしても「あいつはそんなやつだから」と
ある程度の「余白」を容認してたんですね。


これは決して諦めているのではなく、
結果や成果をきちんと評価していたということ。
つまり尊敬が優先順位の一番先にあったのです。


昔の中間管理職は そんな自我と紙一重の
個性をまとめる能力を持った人が多かったのですが、
今はこの「まとめる(統合)力」を 持った人材が
非常に少なくなってきているように感じますね。


なるほど。優秀なプレイヤーが優秀な
マネジメントをできるというわけではない、と。


✍✍✍


パズルはそれぞれ凹凸があります。
仮にそれを削ってすべて同じ形にしたら
一枚の絵になんかなるわけがありません。


例えるならオセロみたいになっちゃう。
だから白と黒に分かれそれぞれの意見や
価値観でひっくり返し合い占有しようとするでしょう。
逆を言えば社内派閥ってオセロ化してるんですね。 






そんな社内政治よりも一枚の絵を完成させましょう。
顧客はそれを望んでいるはずです。


君は君、我は我なり。されど仲よき。
パズルの完成には時間がかかるでしょうが、
きっとあなたの組織を美しく彩り、繁栄させてくれるでしょう。







2017/04/08

疑う教育を、批判できる土台を



共謀罪が審議入りしそうですな(゜゜)
多分に、否、間違いなく今回も強行採決でしょう。


今回はやばいな。王手一歩手前くらいヤバイ。
良心を持っている優秀なメディアやジャーナリスト、
そして真っ当な考えを持った官僚たちのリークに任せるしかないですね。


で、不信任決議案からの解散総選挙。これしかない。


まあ共謀罪が成立しても施行まで数ヶ月の
猶予があるし、過去を遡って罪が発生する遡及効が
ないんでそれまでは自由に書いてやろうと思ってます。





ブログに書いたり抗議のツイートを投稿したり
SNSでお友達からイイねを貰っても単なる
マスターベーションで何の意味もないと
言う人もいますがね、そんな自慰すら
できなかった時代もあったわけです。


蟹工船で有名な小林多喜ニは当時の共謀罪と言える
治安維持法によって警察から拷問を受け虐殺されました。
そりゃあもう、書くのも抵抗があるくらい酷かった。


その事実を忘れちゃあかんね。
腐敗した権力を批判できなくなったら終わりですわ。





生活保護打ち切りのための家庭教育法、
政府が作った法律を強制するための教育勅語、
言論弾圧、反政府の人間を逮捕できる共謀罪、
こんなもんを平気で作っているのが現政権でしょう。



実の父親から「おまえは政治家として
最も大事な情がない」と言われた安倍晋三、
そして世間から批難されることがミソギだと
勘違いしている選民思考のスピリチュアル私人夫人。 


正しい批判を神様のお役に立つための試練だと
勘違いしているから何を言っても「これでまた
清くて強い魂になることができるわ」と解釈しちゃう、と。



まあ兎にも角にも我々は一番
選んではならない政治家を選んでしまったわけだ。



「後記」


治安維持法の時と違って、今はネットで
いくらでも自分放送局が出来るんだけど、
現在のソーシャルは相互チェックが厳しいので
とてもじゃないけど「言いたいことを自由に言おう」
なんて言っていられる状況じゃありませんな。


どこぞのライターは「戦略的に発言せよ」なんて
言ってるけど冗談じゃないよ。そんなこと
やってたら結局TVやマスコミ的な自主規制、
自縄自縛になるのは明らかじゃないか。


まあ、半分は分かるんですけどね。
意図しないところで知らない間に繋がってて
そこからツッコミが入る、ってのがSNS。
まるで自分の一挙手一投足が誰かに
監視されているような感じですからね。


多数の他者と繋がったのは良いけど
そのおかげでセレブのように顔を隠して
お忍び行動しなくちゃならなくなった、と。



さて、これは自由と言えるでしょうかね。




2017/04/07

サブカルチャーも立派な文化



累計120万部を超える森見登美彦さんの
ベストセラー小説が原作の劇場版アニメ
「夜は短し歩けよ乙女」、


いよいよ本日、公開ですね ( ・∀・)=b




おかげさまでムーンウオークも大盛況、
ナカメ作戦が功を奏しましたな(笑)
それに伴って(うちのにしては珍しく)
募集広告を出したんですが、嬉しい事に
数日でたくさんの資料請求を頂いてます。


詳しくはこちらからどぞ。
ちなみに僕はもう少しの間はご支援しますんで、
研修させて頂くかもしれませんよ(´-`).。oO


と、アナウンスはこれくらいにして
今日のテーマに入りますか。


✍✍


さて、日本の漫画やアニメは世界中で
人気があるけれど、未だに「サブカルチャー」扱いになってますね。


なるほど、アニメを「日本文化」だと
認めることに抵抗がある人が一定数いると。
そう言った人たちの考える「文化」とは
能楽や歌舞伎といった芸能(芸術)のようです。


ただ僕はちょっと疑問ですな。
そもそも当時の能は今のように
高尚なもんじゃありませんでしたからね。




能は奈良時代に中国から伝来した「散楽」
からの派生であって散楽は今で言う「曲芸」です。
モノマネや曲芸、奇術、幻術、人形まわしと、
大衆娯楽の要素が強いものでしたが、やがて
日本の芸能と融合され猿楽が生まれたんですね。


観阿弥、世阿弥も最初はそんな
猿楽の一派(観世座)でした。
それが足利義満に気に入られたことで
武家や公家からの支援を受けるようになり
最終的に世阿弥が能へと昇華したわけです。
つまり最初はサブカルチャーと似たようなものだったんですな。


そんなとこから個人的にアニメや漫画も
立派な文化と呼んで良いと思ってます。
形こそ変われど数百年後も大衆を
魅了し続けているんじゃないかしらん。


未来は少年ジャンプが源氏物語のような
伝統書物になってるかもね(笑)



「後記」


文化とは長い歴史を超えて愛され
受け入れられたものですが、世阿弥は
そこにはある条件が必要だと言います。


それが花。「花と面白きと珍しきと。
これ三つは同じ心なり」ってね。
風姿花伝はまさに持続可能性ついて書かれたものなのです。


例えば花は季節ごとに咲くからこそ
人は喜ぶのであって、一年中咲いていると
珍しくもなんともない。「秘すれば花」とは
「秘密にするからこそ観客を感動させられる」という意味です。


あまり全部をおおっぴろげにしても
白けたり飽きたりしますからね。
だから想像力を刺激するような秘密を持ちなさいよ、と。


なるほど。確かに秘密にされると
知りたくなる、見たくなる。


この心理は恋愛にも通じますな(笑)


2017/04/06

氷山の下に隠れているもの



同じことを同じように言ったとしても、
同じことを同じようにやったとしても、
人によって大きな違いがあったりしますね。


その違いとはその人が今まで培ってきた
歴史の差と言えるでしょう。目に見えるものは
あくまでも氷山の一角、大事なのはその
言葉や行為(氷山)の下に隠れている部分です。


それは経験値であったり過去の言動であったり。
生き様といった姿勢だったり、物事との接し方であったり。


多分に「説得力がある」「存在感がある」と
言われるような人はそんな水面下の部分が
オーラのように滲み出ているんでしょうね。


逆を言えば浅薄な人は見抜かれる、と。
今日はそんなところから。。。



「ピエタ(Pieta)」=慈悲



かのミケランジェロ・ブオナローティが
貴族から胸像を作ってくれと依頼されたときのこと。
制作に10日を費やし完成した胸像の代金を
ミケランジェロは「金貨50枚」で請求しました。


それを見た依頼主は驚いてこう言います。
「たった10日でこの金額は高過ぎる!」ってね。
この言葉に対し、ミケランジェロはこう答えたそうです。  



「確かに制作には10日しかかかっていませんが
胸像を10日で作れるようになる為には30年の修練が必要です。
つまりこの作品は30年分の蓄積によって10日で作られたもの。
その価値がお判りになりませんか?」


まさにミケランジェロは依頼主の貴族に対し、
氷山の下に隠された部分を説いたわけです。


これは今のビジネスにも
同じことがいるかもしれませんね。




「後記」


英国の心理学者が行った研究によると
ミケランジェロはアスペルガー症候群か
高機能自閉症だった可能性が高いとのこと(゜゜)


僕は基本的に心理学者は信じませんが、
システィナ礼拝堂に描いた天地創造を見ると
確かに自閉症の特徴である驚異的な集中力が
ないと、できないんじゃないかと思ってしまいますね。


そんなジェロ君はローマ教皇(ユリウス二世)から直で
「いつ終わるんだよ!」って言われたとき、
「わたしの作業が終わるときです」って返事したみたいです。



むちゅうかよ(笑)



2017/04/04

待ち遠し。。。



久・・・・・・・・・しぶりのオフ。
完全に何も入れてません(´▽`)




とりあえず昼呑みから!




赤鶏を牡蠣醤油と日本酒で炒めたやつと
ローストポーク!皿に移し替えるとゴチャゴチャに
なるんでローストポークは買ってきたまんまで(笑)




くー(≧▽≦)染みるー






これぞ「ザ・大人の引きこもり」!
しかも最近買った真空圧力のジャーのせいで
外で食事しようと思えなくなっているという(笑)




🍚



外を車で走ってると桜は4分咲き。
今年はちょっと遅いみたいですね。
ちなみに「一心行の大桜」
あと10日で満開とのこと。



ワクワク、ワクワク。



こうやって待ち焦がれる時間ってすごい好き。
だってそれだけ幸せになるものと出会えているんだから。



会える日を指折り数える自分。



じれったくて胸の奥が「ぬぬぬん」とする時間。




この年になってもまだそう感じれるんだと
思うと、ありがたいなと思います。



待ち遠しいって、ステキな魔法ですな。
今日もそんな時間でした(´▽`)




たかし




とある朝のこと。







「ポポポポーン、ポポポポーン(着信音)」




見ると固定電話からで、発信先は天草。





(゜゜)急ぎの問い合わせか?




「はい、office unreve坂口の携帯で。。」




「たかしね」




(゜゜)




「いや、違いますけど。。。」




「あ?」




「えっと・・・・番号間違いだと思います」




「てやー。。んな・・←確かこんな感じ」





「うん。じゃあ、おばあちゃん、切るね」







10秒後





「ポポポポーン、ポポポポーン(着信音)」





見ると固定電話、発信先は天草。






(。-`ω-)





「はい、もしもし」




「たかしね」



「おばあちゃん。。また同じとこかけてるよ」




「んあ?」


「・・・・えっとね、違う番号にまたかけてる。
多分ね、間違って押してる。番号何番になってる?」




「あー・・・080・・・・」


「ほらね。うちは・・・で、そっちは・・でしょ」




「じゃっかばいね・・」




「(?)そうそう、・・・がたかし君ね」




「こりゃ、すんまっせんの」



「うん、んじゃね」











20秒後






「ポポポポーン、ポポポポーン(着信音)」












固定電話。発信先天草。









(  ´◉‿ゝ◉`)




「(ワシ)・・・・・・・・はい」








「・・・・・」





プツッ








(# ゚Д゚) 無言かい!







次来たらいっそタカシになってやろうと
思ったけど、かかってきませんでした。






2017/04/03

それはそれ、これはこれ。



エイプリルフールにこの記事を出すって
メディアもなかなか笑いのセンスありますな(゜゜)


「社会に全体として満足」が過去最高 国の世論調査


内閣府が行った「社会意識に関する世論調査」で、現在の社会に全体として「満足している」と答えた人は65.9%と、昨年度より3.9ポイント上がり、この調査を始めた平成20年度以降、最も高くなりました。

ーNHKニュースよりー


もしかしたら本当に「満足している」人が
増えたのかもしれないけどね。
つまり「自分を満たすこと」に集中して
社会の不満を言わなくなってきた、と。



ただ「自分だけ育てて社会は知ったこっちゃない」
ってなるとおかしくなる。自己中心はそんなもんじゃない。


それはそれ、これはこれ。
自己と社会は切り分けないと
「パンがなけりゃケーキを食べれば?」と同じ発想になっちゃいますわ。




心の平和を作れたからと言って犯罪が急に
なくなるわけでもないし格差が消えるわけでも
消費税が減るわけでもない。


割れた窓が気にならなくなっただけで
「窓が割れてる」と言う事実は全然変わってない。
そんな事実を無視してきた結果、いつの間にか
この国は世界3位の原発保有国になったわけだ。


それを煎じ詰めればまさに社会に対する無関心があった、
個人的にそう思ってます。




ここに関心を持って「おかしい!」と言うだけなら
世間からは不平家と呼ばれ、実際に行動に起こす人は
社会起業家と呼ばれるでしょう。


根っこが一緒なのにこの違い(笑)
「暗いと不平を言うより灯りを付けろ」ってことだすな(。-∀-)



「おまけ」


少なくとも僕は
自分は暗くても大丈夫っす、幸せっす」とは言えないっスね。




2017/04/02

近況とお知らせ




今週は県外から来てくれたクライアントさんに
ベタな九州のおもてなし(゜゜)



シラフでロジカルに話している時より、
こういった場の方が大きな事が決まったりしますね。








今回、とある本部さんの九州エリアを
統括することになりそうでして
しばらくの間、本業と二足の草鞋を履きます。



それに伴い今ご支援しているクライアントさん以外、
新規のお問い合わせや無料相談は限定的、
もしくは受付中止になるかと思いますのでよろしくお願いします。




あと多分、今年か来年には第二フェーズ(自社展開)
に行けそうです(゜゜)ナガカッタネ




2017/04/01

もらい泣き、嬉し泣き




すべて喜ぶべき事をも、さのみ喜ばず
哀むべきことをも、さのみ哀まず
驚くべき事にも驚かず、とかく物に動ぜぬを
よき事にして尚ぶは、みな異国風の虚偽にして
人の実情にはあらず、いとうるさきことなり

ー本居宣長「玉くしげ」ー



古来の「カナシム」は悲哀だけの
ものではなく、心の働き全てを表していました。
切実な感動もまた「カナシ」だったのです。



嬉しくて泣き、もらって泣き、
感動して泣く。赤ん坊なんて
夕方になるだけで黄昏泣きしますわな。


でもそれが精神の正常な働きであって
むしろ泣かない、泣けない方が心を抑制しているんですね。








先日書いた柳田国男の「涕泣史談」を
見れば、江戸後期~明治期以降「泣く」と言う
行為が少しずつ減少していったと書かれています。


昔の人は感情が高ぶると非常によく泣いていた。
それが次意志の疎通は言葉によって完全に
表現することが可能だと言う理性信仰によって
次第に「泣くのは弱い証拠、幼稚なこと」になっていったのです。


こうして「泣くこと」は徐々に抑制され
明治期には「男は泣かぬもの」という概念が固まったんですね。


時代の通念とは不思議なものですな(゜゜)
つまり心の働きを「つい忘れてしまった」
ではなく上手に忘れる術を自ら持った、ってことでしょう


ちなみに僕はそれを前提(根幹)と定義します。
元が間違ってるなら子も違うだろ、ってね。


アタマはよく嘘をつく。
反面、体は自然ですから実に正直です。


✍✍


閑話休題。
そんな我々の感性(カナシム)行為は
旧人類であるネアンデルタール人から
「他者」に対しても悲しむようになります。


有名なシャニダールには死者を悼み、
遺体に献花したりしていますね。
これは原始の猿人にはなかった行為です。


(専門的なことはわかりませんが)
多分にこの「他者への共感能力」は
ある種の生物的進化ではないでしょうか。
例えば精神的に成熟した人が
自分の人生さえ良ければ他人や
後の世界なんてどうでもいい」なんて
言うわけがありませんよね。


そう考えると循環と持続を大切にしてきた
この国は精神文化を高めることが非常に長けていると言えます。


物質文明は西洋が担い、精神文明は東洋が担う。
だったら次は我々の出番じゃないですか?




結婚式に参加された人は分かるでしょうが
あの場は他者の幸福を祝うことが自分の幸福に繋がってます。


貴方が幸せだから私も幸せ。


そんな原理的に解けないものが
社会を影で繋げているような気がしますね。


 「後記」


「感性」は本能や欲求を超えたもの、
意志もあれば感情もあり習慣や道徳的な
教育の成果もある。そんな多層的な
ものが織り入り混ざったものを主体として
我々は意志決定していきます。


故に感性は心理学者の言うようなものではなく
決して形式化できない場所にあるのではないでしょうか。


宣長さんも人間は弱く女々しいものが
本来であり、勇敢で動じないという雄々しい心は
心を制御した後天的に作られたものだと説きますが、
その一方で本能的なありのままの心情を
さらけ出し、取り乱すのは愚かであるとも言っていますからね。

2017/03/31







「核兵器禁止条約」の制定を目指し、ニューヨークの国連本部で行われている会議で不参加を表明し、空席となった日本代表の机の上に28日、「wish you were here(あなたがここにいてくれたら)」と書かれた折り鶴が置かれていた。折り鶴は平和と核廃絶への願いの象徴。広島で被爆後、12歳で白血病のため亡くなった佐々木禎子さんが闘病中に作った折り鶴は各国に贈られている。

-西日本新聞-https://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/article/317962






wish you were here

あなたがここにいてくれたら。


たまんなくなるな、このメッセージ。
唯一の被爆国が不参加ってね。
つまり被害者が加害者になろうとしてるわけだ。



現実問題は、とか、核の傘に守られてる、
とか言う人もいるでしょうがね、


この国が非核を訴えずしてどこがやるのよ。





2017/03/29

近況



私事で申し訳ないけど
最近、ブログを書く気が起きません(゜゜)


まっ、こういう時もあっていいですね。
書かない理由はないけど、書き続けないと
いけない理由もありませんから。





柳田国男の短編集(涕泣史談)にも
似たようなこと書いてましたな。
「泣かずに訳を言ってみなさい」という
言葉は理不尽だってね。


訳を言えないから泣くのであって、
言葉で言えるのなら泣きゃしない、と。
そりゃそうだ(笑)


今回も同じ。なぜ書きたくないかは
分からない。むしろ分からないからこそ書かない。


ただ(小賢しい言い方ですが)、
書かないことで自分の意思の手応えは感じます。




と、そろそろ書きたくなくなってきたので
今日はこの辺で( ・ω・)/チャオ



2017/03/26

ゆでガエル



コンサルや思想活動家がよく使う言葉に
「ゆでガエル現象」と言うものがありますね。
熱湯の中にカエルを入れたらその熱さですぐ
飛び出すけれど、常温の水から徐々に熱くしたら
温度変化に慣れてしまい茹で上がって死んでしまう、と。


そこからビジネスでも致命的な状態に
陥ってしまったことを「ゆでガエル」と
揶揄するようになったようです。


(ゆでガエルにならないように)
常に変化せよ!イノベーションを起こせ!
立ち止まるな!ってね。





確かに、今までのやり方に固執したり
保身に走ったり過去の栄光にすがっていれば
時代の変化に対応できないでしょう。



ただ「変化できない、遅い」というのと
慎重に進めていくこと」を一緒に
してしまうのはいかがなものかと思ってます。
それは慎重論を否定する理由にはなりませんからね。


そもそも日本流の特徴は漸進主義です。
真の保守だってそうでしょう。
いわば改革ではなく「改善(編集)」であって
その前提は年輪を刻むような志向性です。



状況がガラリと変わればすぐさま
変化対応できる柔軟性も持ってる。
そんな堅実かつ決断も早い「しなやかな企業」を
unreveでは日本流と定義しています。


深くしっかりとした根と柔らかな枝葉。
(多分に)この状態が最強でしょう。



ぬるま湯が冷たくなったら追い炊きするし、熱くなったらちゃんと飛び出すわいな(笑)



「後記」


ちなみにこの「ゆでガエル」の実験は
嘘だって知ってました(笑)?


実際はカエルの持っている温度センサーが
働き、ゆっくりした水温の上昇であっても
自分が生存の危機になる温度になったら飛び出すようです。


まあ、嘘でもこれだけ説得力があるのは
それだけ人間の本質を表しているのかもね。


2017/03/24

呼吸を止めるな


今の理解は所詮、今。
永遠に続くような答えというのは
存在しないのかもしれませんね。


苟に日に新たに、日日に新たに、又た日に新たなり。



大学の中でも特に有名な一説、
本居さんや小林さんもよく使ってましたな。


いつも自分自身であるとは、自分自身を
日に新たにしようとする間断のない
倫理的意思の結果であり、告白とは
そういう内的作業の殆ど動機そのものの
表現であって自己存在と自己認識との
間の巧妙な或いは拙劣な取引の写し絵ではない。

ーゴッホの手紙より引用ー



やれやれ(゜゜)論破できねーな。






今吸ってる息は今吐き出す為の息であるように、
今の悟りもまた、今の悟りに過ぎないのでしょう。



一回大きく息を吸って、さあこれで私は
世界の仕組みが、理がわかったぞ、と
したり顔で叫んだとしても、その息は
やがて吐き出さなくてはならない。



そんな繰り返される連続性の中に
以前は見えなかったものが見えることもあるでしょう。



生きるとはナマモノ。
そして生物とは螺旋を描く動的な存在。
その原理や構造など誰も知るよしもないけれど
今の呼気は今の吸気だけのためであるのは
言うまでもありませんね。





確かに毎日毎秒休みなく呼吸を
しないと生きれないと「頭で考えたら」
それはそれは大変そうに感じるでしょう。



でも実際は赤子でもやっていますよね。





2017/03/23

とりあえず。


事務所が
さまになってきました(´・ω・)





つか意外と…
まあ、いいか。






2017/03/22

逆さま常識、正さま非常識




「見るといい。何もかも逆さまだ。
医師は健康を破壊し、弁護士は正義を破壊し、
大学は知識を破壊し、政府は自由を破壊し、
主要メディアは情報を破壊し、宗教は
精神性を破壊しているばかりだ」 
– マイケル・エルナー(米国のエッセイスト)


In Deepさんのブログ
「サイコパスとその理念が世界を
動かしている「悪意の時代」の中で」
こう書かれていましたが、上手い表現ですな(゜゜)


我々が見ている世界は逆さまかもしれない。
実際、眼球(網膜)に映っている映像は
逆さまです。しかし我々が見ている景色は
逆さまにはなってませんよね。



景色自体が逆さまなのか。
それとも見ている「わたし」が逆さまなのか。


一つ言えることは外部(世界)と内部(自己)は
正反対(逆さま)の関係だということでしょう。


今日はそんなところから。。。



だぬーん



さて、氏のブログにはロシア新聞(プラウダ)の
記事が紹介されていました。ちと長いので略しますが
アメリカから始まり西洋全体に広がっている
現在の社会は以下のような「ちゃいこぱす」的
価値観に支配されていると言います。



自分のナルシズムを満足させるためには
他人をどれだけ傷つけても構わないし、
無慈悲で冷酷で共感の気持ちもないけれど
他人をコントロールする魅力と能力を兼ね備えている人物。

表面的にはとても魅力的で、無限ともいえる自己中心性があり、病的な嘘をつき、冷淡で、目的を達成するために計算し尽くす。衝動的で、自分の行動に責任を持たず、共感の心を持つことがなく、罪悪感がない、また、後悔もない。彼らの危険性は、犯罪的の行為の多様性や、強く他人を操作する能力などにより、他の人物によって強調されることだ。他人の意志を覆し、欺き、他人をコントロールする」 彼ら(サイコパス的な精神性を持つ人たち)は、チームをまとめる協調の精神性を持たず、従業員たちからの評価も悪いという、客観的には実力のない管理者であるにも関わらず、彼らは、「創造的かつ革新的で、素晴らしい戦略的思考を持つ者」と上司によって評価されることが多い。 


ーブログより引用ー


なるほどね(゜゜)
僕も以前書きましたがこの説明も的を得てますな。
モラハラやる人って、大体こんな感じでしょう。


最近話題の「なんちゃら会議」も似たようなもん。
まあ、あっちは単なる3歳児の発想ですけどね。


何やろ、あの
「ぼくのかんがえたうちゅうさいきょうのひみつきち」的な考えは。  



閑話休題。
ブログには上記のような性質が
アメリカ企業の経営理念となっているといいます。



スティーブ・ジョブスも否定してますな(゜゜)
個人的にあれは逃れられない個性だと思ってますが、
「企業の責務とは株主価値の最大化、利益を
最大化することなのだ」という部分は納得してます。


つまり金(手段)によって世界を
コントロール(目的)したいってこと。
それが当たり前になっているのがあちらの社会、
もとい、日本も長い事そういう時代でしょう。



これが理想であり常識であり
社会的な責任であるというのであれば、



どうも僕は世界が「逆さま」に見えているようです。



2017/03/21

伝統と保守



人は「保守」的にしか生きられない。
過去にたいする信頼の上に生きている人間に
見通しは必要ない。

「自分が居るべきところに居ると言う実感」、
その宿命感だけが人生を支えている。



福田恆存は著書「保守とは何か」において
こう断言してますね。保守とは主義ではなく態度だ、と。


江藤淳しかり、彼もまた保守主義の要諦は
「イデオロギーがないことだ」と述べています。
社会主義、共産主義と同様に保守主義という
イデオロギーも存在するかのようだがそうじゃない、と。
小林も一貫して保守でしたが彼に主張なんてのはありませんでした。


反面、米国は保守「主義」。必ずその集団には
イデオロギー、特定の人間の「都合や主張」がある、と。


まあ、この国も同じような人種が増えてますがね。
左翼とか右翼とか。あれみんなイデオロギーですよ。





ちなみにこの概念(左翼右翼)は
フランス革命から、


民主主義の設立に向け新たな憲法を
作ろうとする際、既存の利益を守るため
王の権利を主張する貴族たちは議会席の
右側に座り、王の権利は制限すべきだと
言う人たちは左の席に座りました。


ここから「保守」と「改革」という
思想までもが分離したんですね。
つまり人間を「分けた」ことが一番の害悪だったのです。



国家しかり、男女しかり、思想しかり。
分離が前提にあるといつか相互理解を捨て
「どっちが正しいか勝負」になってしまいます。
しかし矛と盾の話と同様、決着なんて付きませんわな。



✍✍

閑話休題。話を戻しましょう。
左の人たちは人間の「可能性」を信じています。
己の理性で何でも解き明かすことができて
不可能はないという理性の万能性を説きます。


それに対し右の人たちは人間の「限界」を
説きます。人間の理性など限界があって万能ではない。
だから長年の伝統に従うことが最善だ、と。


さてみなさん。
どちらが正しいと思いますか(゜゜)


まあ人間がなんでも設計できると言うのは
「現時点」では嘘ですね。人間が設計した
秩序が完全でないのは共産主義国家を見れば明らかでしょう。


とは言え、昔からの伝統に全ての答えがあると
言う考えもまた、大変危険なものです。


例えば「伝統は絶対正しいから守れ!」
って言ってるご老人っていますよね。
学者とか専門家の肩書きを持つ人程、うるさい(笑)


しかし、実はそれも「己の理性の働き」
だと言う事に気がつかないわけです。
これも理性万能主義、前提違い。


本居さんはこの働きである漢意が
全ての原因になっていると看破したわけです。順番が違うだろ、と。



よく神道を勘違いした人が天照大神を絶対神とした
偶像崇拝だとし、神勅をイデオロギーと言いますが
そうじゃない。そもそも古神道の天照は太陽そのものでしょう。 


本来は教義や教祖など存在せず、万物に神が
宿っているという素朴な自然崇拝であって
それ以上もそれ以下もありません。僕自身
古事記はだいぶ読みましたが、仮にあれを
形而上学で解釈したらそうなってしまいます。


実際そう捉えてる輩もいりようですけどね。
そんな中途半端に神道をかじった人間が
メソッド化と称しセミナーやってますが
そのメソッドそのものを拒絶しているのが神道です。


大和心とは、人間の自然状態。あらゆる事挙げを
排し感覚的事実そのままに即くという感性の世界。


だから右とか左とか主義ではないし、
こうやって書いてる時点でダメなんでしょうね(でも書く笑)



「後記」



「真の保守は集団化しない」と言うのも
イデオロギーがないからこそ常に内省し、
問い続けるからでしょうな。


彼らの眼は権力者らのごまかしや卑劣さや
虚偽を見抜きます。どんな綺麗な言葉で
取り繕っても、どんな理由で正当化しようとも
通用しないのです。


そういやトルストイはこう言ってましたな。
「戦争とは人間の殺し合いにほかならない」と。




2017/03/20

反応してくれないと思いきや





検索エンジンで文字入力する際、
通信環境によって入力の反応が遅かったりしますよね。




この間なんてネットにある
現代語訳の「玉くしげ」を見ようかと
検索したんですが、










でてこない。




(  ・ω・)打ててなかったか?





タマ。。





シーン





(  ・ω・)?








すると突然、スマホが全力出してきて






卑猥な検索でた






これもし「シネマ」とか検索してたら
ちょっと病んでる人みたいになってたね。




5回クリック「ヤ・ン・デ・マ・ス」のサインつって。
誰の未来予想図や。





2017/03/19

三方良しを広げまっせ!




日経と読売がパンク状態のヤマト運輸の件で
きめ細かで質の高い日本流サービスは限界か?
書いてますが、「逆じゃね?」と思ってる僕です(゜゜)


本来は「過剰な西洋式サービスは限界か?
これが正しい。そもそも頼んだ商品が次の日に
無料で届くなんてことがおかしいわけで、
さらにそのおかしなことが当たり前になっている
前提が問題なんですよね。


来月から時間帯指定サービスが一部変更
されるようなので(とりあえず)良かったな、と。
今日はそんなところから。。。。





さて、ネットショップを選ぶ際の必須条件は
「送料が安いこと」が約7割で「価格の安さ」
よりも需要があるとのこと。


つまり無料配送は市場(顧客)の需要を
満たしていると言えるわけだけど、それって
日本流の「三方よし」の精神じゃありませんな。
行き過ぎたサービスはwin・winなんかじゃない。


一部の人だけが儲かって他は苦しむ
「win・lose・lose・・・・」です。
最近の下請けなんてそうでしょ。


今回の件だってそう。
しかもAmazon米国ではすでに
自社配送を検討しているわけで、
この国もやがてそうなるのは明らかです。


つまり現在、Amazon日本進出の準備を
こちらが肩代わりしているということ。
インフラが出来たら当然取引は終了です。


冷酷とかじゃなくて、あっちの理屈で言えば
それが正しいんですよね。年間一兆円以上投資し、
物流センター拠点を増やしたり自前の航空会社を
作ったりするのもそれが「合理的」だからです。


人工知能だってすぐに導入していくでしょうな。
まさに合理的で便利で「他は知らない」と(笑)
そんな循環なき経済を「革命的だ!」と手放しで
喜ぶコンサルもいますが、想像力のないただのアホですよ。


無論、望む望まないに関わらず
そういった流れは止まることはありません。
Amazonは(ある意味)賭博ともいえる
巨大な投資をしながら巨大化しているから
コケない限り、あらゆる業界をリード・占有していくでしょう。


故にそれと同じ土俵に乗るのではなく
「独自の」ロジスティクス、市場を
構築しないといけないんじゃないかしらん。
内部構築はすでにオートメーション化
されているので問題は受け手側、つまり「中間」です。


物流は良いとして問題は消費者とのパイプ(あいだ)


現状、受け手(配送)が足りずコンビニを
積極的に活用していますがまだ足りないし、
コンビニ自体がタイトワークだから
根本的な解決にならない。だからといって
「運賃を上げる」では内容があまりになさすぎる。



(´・ω・)んー。




そんな矢先に出たのが以前書いた
ブロックチェーンなわけよ。


これ、絶対来る。今までにないような
サプライチェーンも出来る(はず)。



( ・`ω・´)キュピーン



と、ドヤ顔で書こうと思ってたら
ネットでこんなん見つけました。






もう実証実験やってるのね(。-∀-)アハハ





「後記」


そういや先日、G20では保護主義に
対抗するという声明を盛り込まなかったようですね。
理由はご存じ、トランプさんの自国主義です。


メディアでは「協調体制に影」とか言われてますが、
自国第一の考え方って、普通に正しいでしょ(゜゜)
自分が貧乏になっても他国を支援するって方がおかしい。


トランプ氏は極端だから悪者にしやすいけど
グローバル経済の結果アメリカではめちゃくちゃ
貧富の差が激しくなったわけで、日本でも
同じことが言えるわけでしょう。


つまり保守とか自国主義が悪いんじゃなくて
本当に悪いのはてめえの国の国民の生活を第一に
考えず、グローバル企業を見境なく優先する政治じゃないの。


だからまず自国中心からの「3方良し」を
広げるのが一番だ、と。個人的にそう思ってます。




コラボ企画、第二段!!



前回ご案内したコラボ企画、
着々と準備されてます ( ・∀・)=bイエイ




オリジナルカクテルはそれぞれの
登場人物に合わせ、作ってますよ~🍸









詳しくはツイッターで 
(`・ω・´)キリッ.
https://twitter.com/200barmoonwalk






🍸🍸🍸




で、こちら福岡も負けじとコラボ企画(笑)



毎週福岡でパーティを開催してる
エスアンドエスさんと一緒に
ムーンウオーク福岡でイベントします ( ・∀・)=b




こちら10年以上前からやってる老舗で
多い時は300人規模で集まるという
福岡では一番有名なイベント会社。
代表のシゲ兄やんにも色々お世話になってます(笑)



開催はちょっと遅れて5月。
詳細が分かったらまたお知らせしますね!



てなわけで福岡近郊のみなさん、
出会いとお酒を楽しんじゃいましょう!
ヾ(・∀・。)ノィェィ☆ヾ(。・∀・)ノィェィ☆













・・・・・・このテンションは疲れますな
(; ̄   ̄)=3 フゥ...





2017/03/14

今回もパフォーマンスかな、と。




日本では報道されてませんが3月15日は
アメリカの債務上限引き上げ期限ですな(゜゜)
二年前にオバマが一旦解決したけど、その期限が明日切れます。


アメリカは日本と同じく借金大国、
その額なんと2000兆円以上です。
今回はその莫大な借金の上限を
上げてもらうための合意期限なんですね。


ちなみに日本は約1000兆。


借金の真偽や破綻の有無は置いといて、
世界中でこんなバカげたことしてるの
日本とアメリカだけですよ。




アメリカは毎回、引き上げる法案を通します。
「もうちょっと待って~、上げて~」ってね。


その「まてアゲ」を繰り返すこと90回(笑)
どうせまた先送りでしょうな。 それしかないもん。


もし仮に引き上げ措置をとらない場合、
アメリカは会社で言うバンザイ(倒産)、
いわゆる「デフォルト(債務不履行)」です。


政府機能は停止し、公務員に給料が
払えなくなるだけでなく、キプロスとは
比べ物にならないくらい世界に影響がでるでしょう。


もちろん、一番とばっちりを受けるのは
この国であることは言うまでもありませんな。
(アメリカの国債を100兆以上持ってるので)


✍✍✍


オバマ政権時代は民主党の大統領に対し、
共和党が議会という「ねじれ」でした。
今回はねじれこそないけどトランプ反対派が
共和党に多いので承認できるか危ぶまれてる。



「さあ、どうなるアメリケン!」




・・・というパフォーマンスでしょう。
だって、それしかないもん(二回目)



どんなに空腹でも自分の体を食うバカはいませんからね。
多分にいつものように世界通貨の乱高下があるくらいでしょう。
(昔の僕みたいにFXとかやっちゃダメですよ)




と、以上が個人的な予想です。
ただ(可能性は低いけど)別のシナリオが
用意されているのなら、バンザイあるかもね。
(連邦政府の利上げもあるし)


さて、どうなることやら。
この件について詳しい方がいればご教授願います(゜-゜)アタッテマスカ?



童心に還してもらえる



とあるショッピングモールで
小さな兄弟が遊んでました。


おもちゃを取った子の頭を
ポカンと叩くと、逆にコツンと
殴られてわーんって泣いて。


ただ、しばらくすると二人は
何事もなかったように笑い合ってましたな。



実に羨ましい限りです。




怒り、悲しみ、歓び。
その時の感情をそのまま出してくる子供は
とっても柔らかな存在です。


それはきっと人生の中でほんの僅かな時間、
すぐに無くなってしまうものでしょう。



童心のまま生きるってことは、
自分に無いものを求めるということ、
自分じゃない自分を作ろうとすること。


しかし無いものは無い。
自分が持って無いものを
出せと要求するなんて泥棒よりタチが悪い。



成熟した体や精神はもとに戻すことはできない。
知り過ぎた世間を、理性を手放すことは
もうできないのだ。



そんな中、ほんのわずかな時間だけ
喧噪を忘れ童心に還ることを許してもらい、
その貴重な時間を哀惜の情として味わう。



それが今の僕にできるギリギリのラインだわな。
多分にそれは自己抑圧じゃなく自己受容だね。





2017/03/13

ちょいとしたつぶやき



最近思うことをつらつらと(゜゜)



さて、以前ご紹介したサイト
日本人の知らないニッポン」 のような
内容が広まってるのか、今まで無意識に
感じていた「なんか変だな」の正体が明らかに
なっている気がしますな。


大小差はあれリンク先に書いてるように
あらゆる世界の問題の「本当の根源」を
明らかにするために歴史を探ってみたら
過去から現在、未来が一本の線で繋がった、と。


結局のところ根源、根幹はそれ。
ブロックチェーンもそこからの(必然的)派生でしょう。


ただ、あれは非政府状態で利用されないと
意味がないわけで、逆に中央銀行あたりが
管理するようになったらオワコン、ビッグブラザーの到来です。


この流れを全員が共有できれば唯一の
解決策が「一億総シカト」であることが
わかるんですけどね・・・無理か。


✍✍✍


根幹を知らないまま選択している人ほど
自分で決めた(自由意思)と叫びますが、
それは無知の自由です。


例えば左翼とか右翼とかもそう、
「どちらかを選ぶこと自体が間違い」。
出来レースだって知らないと全ての
選択肢を「拒絶する」という選択肢なんて出てきませんよね。


こう言った大きな流れに気づけば本当の
「選択」ができる。そのために「あいだ」がある気がします。




ヤヌスが描かれたローマコイン



話が飛んでますね。そうそう、
最初はブロックチェーン(管理者不在システム)
について書きたかったんだった。


有名なやつで言えばビットコイン、仮想取引ね。
例えば皆さんが使ってるワオンやナナコなどの
電子マネーってイオンとかセブンが発行してますよね。


つまり価値を作る主体がいるってこと。
反面、以前のビットコインは主体がない
システムが価値を生み出す主体なので、
管理者となる人や組織がいらないんですな。
システムもP2Pネットワークで稼働してるから
どっかのサーバーに依存してるわけでもない。


それはどういう事かっていうと
消費者と生産者との垣根が消えちゃう。
まさに主客が融合(統合)しちゃうわけだ。


それは中央銀行の「消滅」を意味することに繋がります。


これ、最初にリンクしたサイトと併せて見たら
ピンときますよね。だから今は世界中が
そのことに躍起になってるわけです。



みずがめ座よろしく公平分配(解放)か、
それとも支配の時代か。今はそんな
「一と多」がせめぎ合っている時代、
これから何が起きるかわかりません。


インドなんておっかないことやりましたな。
去年、高額紙幣を無価値にしたのは記憶に
新しいですよね。あれってまさに社会実験でしょう。


つまり我々は全く価値のないものを
掴まされて、一時的に利用しているだけってこと。
今は利用価値がある、それだけです。



そんなことを「お金は宇宙の豊かさよ~」
なんて言ってる人たちに言ったところで
話が通じませんけどね(笑)僕の中ではもう宇宙人です。



👽👽



さて、これ以上書くとおっかないんで
そろそろ止めますが(笑)我々ができることは
偽物の多い情報の中から質の高いものを見極め、
照らし合わせ、最終的に自分の頭で考えていくこと。


そして「生活」という一番の土台を
見つめなおす、と。究極それだけでしょう。


厄年29号







厄年は奈良~平安時代からあったそうな。


この年は災難が身に降りかかりやすいので
神社でお祓いを・・と言うのが一般的ですが、
調べれば神事に仕える「役」から来ている説もあるんですね。


神事に仕える役目なので体の穢れを落とす、と。
ここから「役に当たる人=厄を払う」という習慣が生まれたようです(゜゜)



なるほど。僕はこっちを信じますね。
お役に立てる年齢って素敵じゃないの。






と・・・・・









39歳まで思ってたんですが









40に入ってから神様に
すげーこき使われている気がしないでもない(・ω・)



さらに今年(本厄)は倍率ドン、二倍。
ゆっくりできるかと思いきや
また新しいことが出てくる、みたいな。




まるでリモコンで操作されてるかのよう。
ダダダダ ダーンとたまがくる
ババババ バーンと はれつする、ってね←古すぎ






かみさま、お手柔らかにお願いしますね。
僕、ロケットパンチとか打てないし打つ気ないんで。




「おまけ」


ちなみに25の厄年はサラリーマン時代、
完全に世間を舐めきってた青二才の僕は
「人生なんてチョロい」と調子に乗ってました(゜゜;)スマセン


公務員の企業バージョンって言われるような
所で働いてたのもあって考え方も非常に自惚れてて。
あの時は(も)ひたすら遊んでばかり。


ただ30になった時、なぜかその幸せな人生に
疑問を持ったんですね。「このままで良いのかな」と。
そこから退職し、転がる石のように波乱万丈な
生活といわゆる「底」を経験して今に至ります(笑)


一時期すごい後悔したんですが
今思えばこれで良かったなと思ってます。
仮にあのまま辞めなければ、間違いなく
今の僕はないでしょう。


そもそもチョロいだけの薄い人生なんて
自慢できるもんじゃないですもんね。



2017/03/11

ナカメ作戦!(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!




この間、「夜は短し歩けよ乙女」が
テレビ番組のZIPで紹介されてたようですな(゜-゜)



Bar moonwalkも全面的にご協力!
てなわけで「barムーンウォーク月面歩行」×「夜は短し歩けよ乙女」のコラボ企画



オリジナルカクテル&
オリジナルコースタープレゼント!!






オリジナルコースターがもらえるコラボ企画は
3/20よりスタートですよ!



(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー! 。





 観る前にナカメ作戦で( ・`ω・´)キリッ

2017/03/10

死にとうない、ほんまに。



文豪夏目漱石は西洋文明である
個(自我)と日本の文化を
両立させることに生涯を費やし、
晩年は「則天去私」の思想へと辿り着きます。


「天に則り私を去る」、と。
まさに無我の領域と言えるでしょう。
つまり最後は日本流へ回帰したわけです。


そんな漱石は胃潰瘍になり49歳と言う
若さで亡くなってしまいます。今でこそ
簡単に治療できるのですが、当時は生き死にの問題だったんですね。






「あぁ苦しい、死にたくない、今は死にたくない」。



大量出血した漱石は死ぬ間際
こう叫んだと言います。


一見「いくら則天去私と言っても
やはり死ぬのは怖いのだな」と思うでしょうが、
遡れば臨済宗の一休宗純や禅僧である仙厓
最期は同じことを言ってます。


死ぬ間際、最後の言葉を聞く為
多くの弟子が集まってくると
仙厓和尚もまた、こうつぶやきました。


「死にとうない・・・死にとうない」。



それを聞いて弟子たちは驚きます。
あれほどの高僧が最後に出す言葉が
まるで現世へ執着しているようではないか、と。


そこで弟子たちはきっと深い意味があるに
違いないと思い、その真意を聞くと仙厓は
続けてこう言います。


「ほんまに、ほんまに・・・」。



さて皆さんどうでしょう。
彼らの最後に出す辞世の言葉は
単なる死への恐怖だけだったのでしょうか。



僕はそう思いません。彼らは生を愛せよ、
生きること以上の価値などないぞ、と
身を以て伝えているのだと思うのです。


故に漱石が出した言葉もまた「死にたくない」。
そうじゃないですか。


一般人からすればの長年修行を積んだ人なら
死ぬ間際でも何も恐れず潔く死ねるイメージが
あるでしょうが、そうじゃない。
誰だって悔やみ、惜しむものなんです。



だから僕はこう思うんです。当たり前に
生きてるこの事実こそ最大の幸福であって
それは当たり前すぎてわからないもの。


しかし一度でも生命が失われそうに
なった時、我々はそのことを強烈に
思い出すのだ、と。



明日で6年




以前書いたように、古来の日本人は
パッと咲いて潔く散るような生き方は望んでません。


多分に「生命とは何か」と言った哲学的な
問いにも興味なかったでしょう。
それよりも獲得した生命に宿っているものの
発見が重要だったんじゃないかしらん。



そして、いつしかそれが
宿命と呼ばれるようになった、と。
僕はそう思います。



「後記」


余談ですが漱石の最期の小説「こころ」では
自意識がテーマとなってます。
当時は近代自我が歓迎されていたので
極端な人も多かったのかもしれませんね。



漱石はそんな自意識を作品で「露悪家」と
「偽善家」で表現しましたが、
今の個人主義社会と非常に似ていますね。


エゴ丸出しの「わたし」で生きていくと
どんどん他人から嫌われてくるので
やがて相手のことを考えるようになる。  


しかしそれが偽善のように感じられてきて、  
まるで自分が自分に対し嘘を付いているように
思えてくる、と。


その葛藤から「やっぱり自分の気持ちに
正直でいた方が良いのだ!」という答えを作り出す。


そんな損得感情が漱石の言う
「露悪家」と「偽善家」です。


しかしそれは同じ輪の中であって
どっちもどっちだよ、と。
うちでいう前提(根幹)違いですね。



これ全て「計算」による偽物のこころ。
生命主義者の言うそれとは違うのです。



2017/03/08

あな清明け





「天晴れ、あな面白、あな楽し、
あな明(さ)やけ、可笑(おけ)、
明(さ)やけ、可笑(おけ)」


平安時代の神道資料「古語拾遺」によれば
天岩戸から天照大神が出てくることで
真っ暗だった地上が輝き出し、
それを見た八百万の神々は一斉にこう叫んだと記されています。


「天晴だ、なんと面白い、なんと楽しい、
なんと明るいことだ」ってね。
当時の情景が浮かんでくるようですな(゜-゜)


この「天晴れ」は平安時代になると
「哀れ(あはれ)」になり二重の意味を持ちます。
それがブログでお馴染みの本居宣長(ものの哀れです。


つまり哀れ(あはれ)とは神々(自然)の力を
しみじみ思う感嘆と畏怖の声(ああ・・はれ)が
本来の意味なんですね。


✍✍✍


そして「明やけ」とは「さやけし」。
明けしは清けしとも呼び、汚れや曇りのない
清く明るい心のこと。神道で言う清明心は
多分にここから派生しているのでしょう。


明治天皇御統監40周年を記念して建立された
誓いの御柱碑の台座部にも「弥栄 、天晴 、
あな面白 、あな手伸 (たのし) 、あな明けおけ
と記されているように、清明心の精神は
この国で最高の価値だということです。


晴れ渡り、邪心(二心)なき心。
卑しさ(自意識)なき無私の心。


まさに「真心」。神道が禊(みそぎ)に
始まり禊に終わると言われるのもそれが
古事記より継承されているからであって
遡ればその起源はイザナギ(伊弉諾尊)の
禊にまで辿り着くのです。


なるほど。この国で誠実さや正直さが道徳の
基礎になったのは正しさを求めると言うより
「穢れ」を嫌ったからかもしれませんな(゜゜)






最近「認識で世界は美しく変わる」とか
言われてますが、そんなの無理でしょう。
汚れた部屋はどう見ても汚れてるんだから(笑)


汚れ(穢れ)は受け入れたままにせず
都度掃除していかないといけない、
個人的にそう思ってます。



「後記」


万物発して清浄明潔なれば此芽は何の草としれる也。


二十四節気では今月20日が春分、
来月初頭は「清明」の節気です。



清浄明潔。空気は澄み光が明るく
万物を照らすことで、全てがはっきり鮮やかに見える、と。



清明けた世界も
すぐそこにあるのかも(゜-゜)ね。



野菜不足なときは



迷わず浜勝さんのランチ( ・ω・)♪
僕はコンビニとか激安ビュッフェにある
カット野菜がどうしても食べられないのです。





この日は会社員の時によく使ってた店舗へ。
長崎にある卓袱浜勝さんみたいな造りの
ちょっと高級な浜勝さんです。
(メニューは一緒ですよ)


かれこれ10年ぶりの来店。
当時はミーティングとかによく使ってましたな。



そんな懐かしいランチタイム(´-`).。oO






2017/03/07

コラボ企画



累計売上120万部のベストセラー作品である
「夜は短し歩けよ乙女」のアニメ映画化が
決定され、いよいよ来月の4月7日に
全国ロードショーですね(゜-゜)




主題歌はアジカンさん



「四畳半神話大系」のスタッフさんが
再結集されたということでも話題ですが
一番の注目はなんといっても主人公役の
声優が星野源さんということ。



「君の名は」の時と同様、
一人レイトショーしようと思います(笑)



📹 📹 📹



で、(オフレコだったんですが)今回の
映画上映に伴い、小説にも登場している
クライアントさんの「ムーンウオーク」が
コラボ提案を頂いてまして、オリジナルメニューの
開発をはじめ、色々と企画しております。



FC構築と同時進行なのでお互いパタパタしてますが
小説ファンの皆さんが楽しんでいただけるような
内容になるかと思いますので、みなさんお楽しみに ( ・∀・)=bキテネ





2017/03/05

忌々しい罠



哲学者や本当に知性的な人は
世のことに無関心だと人は言うが、それは違う。
無関心とは精神の麻痺でありそれは
生きながらにして死んでいるも同然である。


かのチェーホフはこんな言葉を残していますね。
小難しく考えながら生きている人は決して
日常生活や人間関係に無関心(冷淡)ではない、と。


逆に彼の言う本当の無関心さとは
何も考えない人(精神の麻痺)のこと。
ちなみに著書「六号病棟」は異常と
正常を主客逆転した作品となっていますね。


ミイラ取りがミイラになったのか。
それとも「ミイラ」が実在なのか。


さてさて、どちらでしょうか。






ミイラになれば変人扱いされ、世間(大衆)から
孤立してしまうのは間違いない。
「人生は忌々しい罠」とはまさにこの圧倒的な事実でしょう。


罠は気付かないから罠であり、全員が
ハマってる以上、自力で抜け出すしかない。
なるほど、故にそれができた人たちは
時代を超える力強い言葉を紡ぐのでしょうな。


多分にそれは、・・・・である証拠かもしれませんね。
(適切な言葉がでてこない)



✍✍


水がなければ魚は死ぬ。水の外に出ると
魚は生きてはいられないんです。 

我々にとって言葉とはそういう存在、
それがなければ生きてゆかれないもの、
したがってそれは「生命」そのものなのですが
人はそうとは思っていない。

生命が物理的生命のことだと思っているから
その物理的生命を維持するための「現実」に
とっては言葉なんてのは「所詮」言葉にすぎないと、
甘く見ているわけです。 


しかし、それなら例えばその物理的生命が
が明日失われることが確実となったと
想像してみてください。


明日、私は確実に死ぬ。
こう分かった時あなたはどうしますか。 
まずはとにかく八方手を尽くして、
何とか生き延びる手立てを探すでしょう。
生き延びようと試みるでしょう。


しかしそれは不可能だと、いかなる
手立てももはやないと分かったらどうしますか。 
あなたは必ず「言葉」を求めるはずです。


生死すなわち人生の真実を語る言葉、
正しい考えを語る正しい言葉を必ず求めるはずなのです。 
そうしてそれを古今の哲学書、宗教書、聖書や
経典の中に探し出そうとするでしょう。


苦難や危機に際して人が本当に必要とするものは、
必ず言葉であって金や物ではあり得ない。
明日死ぬのか、気の毒だから一億円あげよう。
これでその人は救われますかね。 


だから人を救うことが出来るのは
言葉であってその意味で言葉こそが
命なのだと、わたしは言うわけです。


(略)


世の中が息苦しくなっているのだって
言葉が汚れ、汚れた水の中で
生きられなくなっているからにほかならないのですよ。


~池田晶子「暮らしの哲学」より~




自分自身のためにも
そんな言葉を探していきたいと思う、今日この頃。



さて、固い話はこれくらいにして
来週も頑張っていきましょうかね ( ・∀・)=b