さて、リゾームを構築するには理念は必須ですが、
その理念は絶対命法でこそあるけれど、
内部派生である以上、教義化した時点で
閉鎖的な組織構造を作ってしまいます。
教義化すれば、必然的に純血主義となります。
それがもたらす閉鎖性はトレードオフとなる。
もっと閉じたり開いたりするには
どうしたら良いか。
例えば、アレグザンダーのセミラティス構造の
パターン数は実に253、だからこそ
ナラティブ構造であるといえるのですが、
この微妙なサジ加減を知ること、
やはり個人のバランス加減が大事なんでしょうね。
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数年前、理念を愚直に守らせている
管理職がいる現場を見たことがありますが、
ちょっと異様なものを感じたのです。
それは均質性というか、同質性というか、
まるで、恣意的な「一枚岩」のようにも見えました。
その現場には、なんというか
「楽しさ」を感じることができなかった。
楽しさというと誤解がありますが、
言わば、個人の積極的な「意思」です。
それは管理・抑圧されればされるほど、
得難いものだな、とその時に感じたんですね。
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レールを敷いて、「さあ、自由に走って下さい」
というのは自由ではありません。
なぜならそれは、レールという条件があって
初めて意味を成しているのに過ぎないからです。
その背景には、相変わらずの排除の理論があり、
全体主義があり、画一化の意図が感じられます。
まず、この大前提・本音の部分を破壊しなくては
真の意味で多様な組織は作ることができない。
現在、それが破壊できないからこそ、
組織は変化と固定のジレンマに陥っているのであって、
ここをいかに変えるか?というと
やはり理念の共有になる、と。
つまり厳密的・原理的・純血主義的な
ものにしない為にやるべきことは、
理念ではなく、その対象を見ている
「あなたのフィルター」の認識なのです。
長くなったので続きます。
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