2026/02/14

抗空気罪

 

山本七平の著者にある抗空気罪。別名「お前、空気読まなかった罰」笑。いや、笑えないか。




空気は当たり前な存在、異質さも空気となれば当たり前になってしまう。コロナから数年しか経ってないけど、その異質さを大半が当たり前だと思ってました。あれだけ騒いで、家族同士でさえ圧力をかけ合ってた空気はいつの間にか何処かへ去ってしまい、この国は何事もなかったように以前の常識(空気)へ戻っていきました。正直、この健忘性に恐怖を感じます。






戦前の抗空気罪は隣組によって通報され、現在はsnsで晒される。それは論理や倫理などではなく、空気が違う。ただそれだけの理由ですが、集団がムラ化している所ほど、強い拘束力を持ちます。



なるほど、村社会とは一種の全体主義でしょう。だから協調をベースに民主主義を進めれば、結果として北朝鮮みたいな独裁国家みたいな事になった、と。メビウスの輪ですな。






2026/02/12

孤独の温泉とグルメ

久しぶりな、お一人様時間。そうだ、ならのさこ温泉行こう。



途中、千歳やさんで昼食。こちら豚骨ラーメンは土日のみで平日は醤油、味噌、塩から選ぶ珍しいラーメン屋さん。この日はがっつり大盛りを注文しました。



チビがいないので、温泉で3時間ほど滞在。湯上がりに休憩所でぼーっと外を眺める…何もしないを、してるなぁ、と禅問答。



ちなみにここはラドン温泉全国6位。いつか竜王温泉行ってみたい♨️


2026/02/10

リベラルなアヤツ

 リベラルアーツが最近注目されていますね。今後、AIが引っ張り出した情報に対し我々人間が「問う」ことになるのでしょう。現在、KDDIや三井住友、アサヒ飲料やANAが研修にリベラルアーツを取り入れてますが昔は哲学(問う学問)に興味あるなんて言えば厨二病みたいに扱われてました笑。

時代が変わりゃ常識も変わるもんです。




一見ビジネススキルのようですが、語源は自由になるための技術(Liberal ARTS)です。池田晶子は真の自由は自律の有無だとしましたが、まさに自らに由るものでしょう。私も色々な固定観念を外すことができました。腑に落ちた言葉は確信となり、確信は生き方に影響する。経験則としてこれは間違いない。



チビ達が悩める年頃になったら自由について教えてやろうかしらん。最近口が達者になってきたので返り討ちに合うかもしれませんがギャフン



2026/02/09

雪の日のカップヌードル


先週を漢字一文字で表すと「寒」、九州でも週末は雪で、朝起きたら庭が真っ白でした⛄️


好奇心が勝ったのでしょう。いつもは寒がりな2ndが雪の積もった自転車見るなり外へ。私は小腹が空いたのでカップヌードルを持参。


寒い日に外で食べるカップヌードル、

めちゃくちゃ旨いです。



カリオストロの銭形警部ばりに外で待機。



そろそろ内に入ろうかって時に、起床した1stが同じリアクションで外へ。


あぁ゛〜も゛〜💢



2026/02/08

自然は非対称

サグラダ・ファミリアが左右非対称なのは恐らく非対称性に人間(自然)の美しさを見いだしたのかもしれません。


調べれば日本の歴史的建造物の多くが非対称ですね。伊勢神宮は内宮と外宮で通行方向が逆、出雲大社は構造自体が非対称になってます。神社の狛犬も阿と吽に分かれてて同じではない。なるほど、我々の顔も左と右は違うし、心臓も少しだけズレてます。僅かな非対称(不完全性?)が自然美にはあるのでしょう。



そんな非対称な割合を数値にしたのが黄金比(1.618)や白銀比(1.414)、まるで意図された不完全性みたいですな。







2026/02/05

経験値

雑記.時事等、好き勝手に書いてる小生のブログですが、紛争関連や実体験に基づかないものは書かないルールでやってます。安全圏から偉そうにもの言う評論家は恥ずかしい。苦労して悩んだもの、自分の身になったもの、それだけが書く(語る)資格がある。村八分にならないと本質的な村の異質さは語れないでしょう。



良くも悪くも経験は自分だけの資産になりますね。チビ達が失敗を怖がってる時も「とりあえずやってみなはれ」と松下幸之助ばりにやらせる。我が家の教育方針です。




懸命に、全力で尽くす時にしか感じることが出来ない悩みとか悔しさ、あのどうしょうもない時の「どうしょうもなさ」、達成したときの嬉し涙。その感情をバカにする人もいますが、その人の言葉はとても薄っぺらい。そんな経験値足りない大人達の会話は必ずゴシップに向かいます。これ、芸能人を叩く心理。



さて、今年のチビ達はどんな経験を積むのでしょう。


2026/02/04

人が集まると。


赤信号、みんなで渡ればなんとやら。


私の永遠のテーマでもある共同体。良くも悪くも1+1=2みたいに合理的、均質的にならないことにゲンナリしま興味があるのでしょう。




プラトンの国家から始まりルソーの社会契約論にホッブスのリヴァイアサン、カントの定言命法…。組織(社会)論は建前論で終わり、現実では通用しない。ハンナ・アーレントのテーブルの上では、座って飯食ってる人がいる。多分にそれは集まることでしか出てこない本能が理性では抑えられないからかも知れませんね。



人は集まると自然発生的にポジショニングを取ろうとする。「人に認められたい、上の立場にいたい」承認欲求の高い人、危険の及ばない集団に属して「安心したい」人や「嫌われたくない」と波風立てない防衛本能が高い人。嫌われても良いから自分らしくいたいって人。これも一種の自己防衛本能ですね。コインの裏表。



これら本能(思惑)が混ざり合ったのが社会である以上、構造的にヒエラルキー(村社会)になっちゃう。小林秀雄は政治が取り扱うのは常に集団の価値だと言ってましたが、そりゃそうです。そう考えるとリヴァイアサンの最適解はAIかも笑


***


空気は村社会なのに自我は強化される二重(多層)構造。日本ならではの2本立て?これが閉塞感の正体かも。自意識は薄くなっているのではなく、内に潜ってるのかもしれませんね。



だからイジメをするな、パワハラはダメなどの定言命法ではより陰湿で、手の込んだものへ向かってしまう。実際、すでにそうなってるんじゃないかしらん。








健康ヲタクと中道

「健康オタク」で検索したら「うざい」「押し付け」「早死に」がサジェストされてました笑。確かに人の身体がコンピューターのように01で出来てるなら話は別でしょうが、なんでも白黒ゼロヒャク思考でやってしまうとロクなことないですね。ヴィーガンの顔色は大体悪いでしょう。


個人的に健康については程々に〜みたいな孔子の中庸とは違って、どちらかといえば仏教の中道的なものだと捉えてます。偏らないのではなく「身体が喜んでいるなら、どっちでも良いじゃん」みたいな。タバコと酒飲んでるけど長生きする人がいるように。天寿って言葉もありますしね。あくまで私見。


そういや最近話題?の中道も不毛な対立をせず「それぞれに適した選択をする」みたいなこと言ってますが…無定見にならないことを期待します。