2018/04/13

本音のね


最近あるきっかけで自称セラピストの人の
書いてるブログを見たんですが、その内容って
やつが「どんなゲスなことでもそれが
あなたの本音、認めて解放しよう!」ってやつでした。


やれやれ。ローティの言葉は正しいですね。
慎重に伝えるべきテーマを浅薄にすれば
それを見た一部のバカが真に受けるんです。
「人間、素直が一番」ってね。


では差別意識を持ってる人の
素直さってどうなの?思考停止して
イデオロギーに従ってる心って本音なの?


アドルフ・アイヒマン



にんげん正しさだけじゃ生きられない。
んなもん当たり前、大前提の話です。


それと「表現して良い」は別問題ということ。
おたくらの「心」とか「本音」とか
「思い」なんてテロの免罪符にはなりませんわ。


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アクセル全開で公道を突っ走る。

多分に、それが自由だと勘違いしているのでしょう。


そんな人は車の教習所を思い出せば良い。
歩行者が飛び出してくるかもしれない、
交差点で車が突っ込んでくるかもしれないと

予測しながら運転する技術を教えられるでしょう。


あれは加害者にならないためだけでなく
被害者にならないためにも覚えるんです。
それを面倒だと言うのなら砂漠にでもお行きなさいな、ってね。



「後記」


そんな被害者意識を持った加害者を
よく見る今日この頃、これって煎じ詰めたら
「だってにんげんだもの」みたいな
自己啓発(自己肯定)が根幹にあるんじゃないかしらん。



ちなみにネットでアンチ自己啓発vs推進・擁護派の戦いとか見るでしょ。


あれ、アンチやないからね。
実際は知性と無知(バカ)との戦いなのよ。



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