2015/06/16

贅沢な時間




坂口です(゜゜)




最近はもっぱらアマゾンで買ってばかりの
僕なんですが、久々に丸善に行ってきました。




やっぱり、実際歩きながら本を探すのと、
ネットでの中身検索は全然違いますね。




ふと見れば、新刊コーナーに「道徳」の本が。




なるほど、文部科学省は将来、
道徳を教科化しようとしてますからね。



道徳を評価するということ自体、
相当的外れなことを言っているって
気が付かないのかしらん。



良い悪いは覚えるもんじゃなくて、
自分の心だけが知ってるもの、



だから昔の人は自分の胸に手を当ててみなさい、と
言っていたわけでしょう。



そうじゃなく、暗記による点数評価で
道徳というものの力が決定するのであれば、


それはいかに自力で考えないか、という
技術に他ならない。




☞☞




そもそも道徳なんて、法と同じ。
これをやったらダメ、という禁止事項や
これをやりましょう、という推奨事項です。



もし、それが正しいんだったら
「罪と罰」なんて、ただの喜劇になってしまう。



善悪はそんなに簡単に割り切れるものじゃない。
だからこそ、悩み、葛藤する。そんなの当たり前じゃないですか。




例えば、中国人には良い人も悪い人もいる。
日本人だって同じです。



これが本来の考えの土台なんですが、
それを現代は「曖昧」と感じ、モヤモヤしてしまう。



それより「中国人は悪い奴だ!」と言い切った方が
分かりやすいので、スッとするんですね。



日本流、西洋式、農耕型、内と外など、
発想のベースを二項として考える場合、
上記のような言い切り型は(一応)使えるんですが、



善悪という極端なカテゴリー分けは
おかしなジャッジをしてしまいがちです。
(ここは僕も気を付けてます)



なぜなら「脳は楽をしたがる」から。




楽な方へ流されれば、
単純な直列回路を好むのは当然です。





「ああすれば、こうなる」のハウツー本が
ベストセラーになりがちなのは、




内容云々よりも、考えずに結果が
手に入る感覚があるからかもしれません。




ジャンクフードと同じですよ、
毒だからこそ、美味い。



占いとか、引き寄せとか、スピとか、
たまに食べるくらいで十分です。




☞☞☞




気が付けば外は真っ暗、
座って読む場所があるから、つい長居してしまいました。



お腹が空いてきたので、
ラーメンを食べに、ラーメンスタジアムへ。



選んだのは、熊本ラーメンの桂花。
実は今まで行ったことなかったんです。





なんか。。。。すごい。



こちらはマー油を生み出した店。
東京にもずいぶん前からありますね。




ちなみに、桂花で修行された方が独立したのが、
ご存じ、「味千ラーメン」です。




なるほど、食べて納得(゜゜)




こうやって、一つの型は継承されながら
多様に広がっていく可能性を持っています。




それは決してコピーではない。
弟子がいくら真似しようと思っても、
どうしても真似できないものが師匠の個性であって、



それと同時に弟子の個性でもある。




これは型を合わせ、重ねた結果でないと
見えてこないもの。




守破離が飲食業に組み入れやすい理由が
ここにあります。



肉肉って感じ




ラーメン一杯にも、たくさんの物語がありますね。



ご馳走様でした(-∧-)




☞☞☞




昼間と違って、夜はまだ肌寒いんですが
これくらいの気温が僕にはちょうど良い感じです。






夜道を一人ぶらぶらしながら、
様々なことに思考を巡らす。




なんだか、とっても贅沢な時間です。















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