建築家であるルイス・カーンは建築の思想のコアに
「オーダー」・「フォーム」・「シェイプ」といった建築論があります。
オーダーとは秩序を生み出す原動力、
そしてフォームは見えない形式的な本性。
最後のシェイプとは表層的な形態を指します。
建築家は形態といった視覚可能なものだけでなく、
その先にある見えない論理(フォーム)を把握するんですね。
それは近代化や大量生産・構造主義に対する抵抗であり、
素材そのものに対する、深い審美眼じゃないでしょうか。
構成する見えない不可視そのものを対象とし、
制御しようとする意思、
それはまさに「見えない、理解できない」ものを掴むという
非線形の世界解釈のようです。
構造設計家であるセシルバルモンドは、
非線形的構造を構造力学へ導入しました。
これは世界でも初めての試みであって、
形態生成と科学と芸術の重なり合い、
不可視の構成ルールという全く新しい創造手法です。
常識として建築とは、全て構造原理から
作られているという「構造合理主義」だったんですが、
必ずしもそうではなかったということですね。
あのガウディ(僕も同じ誕生日)も
ゴシックの構造は合理的ではないという結論に達した結果、
あの有名な三次元逆さ吊り模型実験を行いました。
リゾームとツリー。
どちらかだけ選ぶのではなく、融合と言う選択肢。
そういや2026年には未完の大聖堂「サグラダファミリア」が完成するのだとか。
300年かかると言われたのに・・・・
生きてる間に見れるなんて幸せ者です^^
☞☞
定義から外れているものって
常識として建築とは、全て構造原理から
作られているという「構造合理主義」だったんですが、
必ずしもそうではなかったということですね。
あのガウディ(僕も同じ誕生日)も
ゴシックの構造は合理的ではないという結論に達した結果、
あの有名な三次元逆さ吊り模型実験を行いました。
リゾームとツリー。
どちらかだけ選ぶのではなく、融合と言う選択肢。
そういや2026年には未完の大聖堂「サグラダファミリア」が完成するのだとか。
300年かかると言われたのに・・・・
生きてる間に見れるなんて幸せ者です^^
☞☞
定義から外れているものって
説明が難しい、できないものが多いですが、
説明ができない=価値がない。ではないですよね。
何だか分からない。
けれど、そのように感じていた。
何かしらの背景や、科学的な根拠があったとしても、
それ抜きで「良い」と思える何かがあった。
批評も考察もなく、ただ良い、と感じる心って大切ですね。
芸術作品の創造は必要を満たす行為ではなく、
必要を創造する行為なのだ。
ベートーヴェンが第五交響曲をを作曲するまで、
世界はそれを必要としていなかった。
今は、それなしではいられない
何だか分からない。
けれど、そのように感じていた。
何かしらの背景や、科学的な根拠があったとしても、
それ抜きで「良い」と思える何かがあった。
批評も考察もなく、ただ良い、と感じる心って大切ですね。
芸術作品の創造は必要を満たす行為ではなく、
必要を創造する行為なのだ。
ベートーヴェンが第五交響曲をを作曲するまで、
世界はそれを必要としていなかった。
今は、それなしではいられない