昨年から一心行の桜が治療と養生のため見れないので父母連れて、近場の公園でお花見に。
満開だったのでたくさんの家族連れでにぎわってました。
レジャーシート広げてご飯食べたりお酒を飲む「花見」は桜くらいですね。日本人にとって桜は娯楽を超えた、まるで参拝のような行為にも感じます。多分に過去から受け継いだ神道の常若や仏教の諸行無常の概念が桜によって可視化されているのでしょう。
開花し、あっと言う間に満開になり、
満開のピークもあっと言う間ですぐに散っていく。
我々はその儚さを受け入れつつ、「今この瞬間」の大切さを共有しているのかもしれませんね。
明日ありと 思う心の 仇桜…。
来年は一心行が元気になってほしいものです。
