2016/04/05

美しきかな、大和撫子






この間、グノシー見てたら
ママブロガーLICOさんの「ママの毎日」って
記事が載ってまして。




「ステキだな~」って思いました(゜゜)泣けた。
これは父親では、男では書けないな。




あまりにも素晴らしい文章なので、
本人の許可は取ってないんですが
こちらでもご紹介しようと思います。




「ママの毎日」


独身の頃

ヒールの靴が好きだった
お酒は苦手だったけれど友達と過ごすお酒の場の楽しい雰囲気が好きだった



好きな音楽はミスチルでいつもウォークマンに入れて好きな時に聴いていた
電車の中でゆっくり本を読むのも好きだった



お風呂では半身浴をして
美容院には2ヶ月に1回は必ず行っていた



お化粧するのも好きだった
1人で行く映画館が好きだった




流行りの雑誌を買い
流行りの曲を聴き
流行りの服を着て
流行りの場所へ好きな時に出かけた。



そんな私は  今
泥だらけのスニーカーを履き
子どもたちの着替えやオムツが入った大きなバックを肩にかけ



ちゃんとした化粧もせずに髪を一つにくくり
毎日子どもたちの手を繋いで公園へ散歩に行っている。



聴く曲はミスチルからアンパンマンマーチに変わった。


眺めているのはファッション雑誌から
子どもの母子手帳や幼稚園からの手紙に変わった。


考えていることは
今日の夕飯のメニューと
長女が幼稚園から帰ってきたあとのおやつ、お風呂、夕飯の流れの確認。



今日の天気で洗濯物が乾くかどうかと
明日の長女の遠足が晴れるかどうか。




最近眠くなると激しくぐずる長男を昨日つい怒ってしまったから
今日は早く寝かせてあげよう。
今日は怒らないでおやすみをしよう。


そんなこと。


毎日  押し流されるように迫ってくる日常があるから


キレイに片付いた部屋も
大の字で朝まで眠れる夜も
ゆっくり塗れるマスカラも

なんだかもう思い出せない。



そう。


思い出せないから
私たちは  つい  忘れてしまうのだ。


この毎日がずっと続かないということを。



1人でゆっくりお風呂に入れるようになったら
湯船の中  あなたと向き合い数を数え柔らかく響いた
あなたの声を私は思い出すのでしょう



1人で好きなだけ寝返りをうち眠れるようになったら
どこまで寝転がっても隣にいないあなたのぬくもりを
私は探すのでしょう



好きな音楽のCDを好きなだけかけられるようになったら
この部屋の中に溢れていたあなたの笑い声を思い出して
私は泣くのでしょう





好きなだけお化粧に時間をかけられるようになったら
私の洋服をひっぱり 膝の上によじ登り
私のやることなすことをお邪魔してくるあなたのその
小さな手を思い出して私は泣くのでしょう





好きなだけヒールが履けるようになったら
笑い転げるあなたを追いかけて走り回り
泥だらけになって遊んだあの空を思い出して
私は泣くのでしょう





自分とパパの洗濯物だけを回す日々が訪れたら
砂まみれの靴下も
おしっこを失敗したズボンも
牛乳をひっくり返したシャツも
洗濯カゴにないことを知って
私は泣くのでしょう




あなたの足音がしない部屋の掃除機をかける日が訪れたら
粉々になったビスケットの食べこぼしも
小さなおもちゃの部品も
あなたの細い柔らかい髪の毛も落ちていないことを知り


私は泣くのでしょう




1人で好きなことを
好きな時に
好きなだけ出来るようになったら


どんな時も「ママ」「ママ」と私を呼び
どんな時も私のことを探しているあなたの姿を思い出して
私は泣くのでしょう




一体いつまであるのかな

一体  いつまでここにいてくれるのかな



そしてそんなことを考えているうちに
また  今日も終わってしまった。





私たちの日常は「子どもが側にいる『今』」だから
子どもから離れて1人になれた瞬間が特別に感じて
好きなことを堪能できる喜びを噛み締めるけれど




でも  自分の人生を考えてみたら
特別なのは本当は  子どもが側に生きているこの毎日の方。




でも  私たちはそれを忘れてしまう。
なんだか  ずっと続くような錯覚を起こして毎日を過ごしているけれど



大変に思えるこの毎日に数えきれない  
愛しい  が散りばめられていることを
私たちは  いつか知るのです。




子どもたちが  この世に生まれてから今日まで
ママとパパのために全身を力いっぱい使って
思い出を撒き散らしてくれていたことに
私たちは  過ぎてから気付くのです。




ママの毎日は
ママでいられる毎日です。



私たちは  この命が尽きるまで
どんなに子どもと離れていても子どもを思い、
心配し、愛し続ける  子どもたちの母親だけれど


でも 子どもたちの側で『ママ』でいられることの
出来る日のなんて短いことかを いつか思い知るのでしょう。




今日もあなたは 
屈託のない笑顔で振り向き
「ママ!」と言って
両手を広げて  こちらに飛び込んでくる。




忘れるものか。


絶対に。

絶対に。



あなたの前髪を切り過ぎて笑った昨日を。

あなたを怒って自分に涙が出た今日を。

あなたの寝相に笑った夜を。

あなたが摘んでくれたシロツメクサの白さを。


あなたに許された私を。

あなたがいてくれるこの毎日を。



私は  絶対に忘れない




引用ここまで~






母の優しさは包みますね(´-`)
実に真心のある方だな、って思います。




この人は誰かに何かを押し付けてない。
感じたことを愛情の言葉を使って整えてます。



それが子育てに忙殺されて
失いかけたものを気づかせるんです。
見る人はその気付きに救われるんでしょう。



他のお母さん方は自己の中心に
元々あったものを思い出しているんですよ。




みなさんもそう思いませんか。







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