2017/08/18

ボロメオの環①




無限に開拓できる場所や資源。
常に起こさなければいけない技術革新、イノベーション。
低コストな労働力の維持と高い生産性・・


そんな資本主義の条件は社会が成熟すれば
クリアすることはできません。市場に溢れた
資本は投資先を失い投機へ向かうことで
資本だけが蓄積、肥大化され続けています。


資本が増大する一方、肝心の労働賃金は
変わらないか、もしくは減っていき
さらなる格差を生み出していますね。
そんな非循環、分配システムの延命治療より
循環型の代案が必要なのは言うまでもありません。



ちなみに日本は最先端の経済システムを生む素地があると思ってます。









現在の資本主義国が「資本=ネーション=国家」
というトリニティ構造でありそれらがボロメオの
環で結ばれていると言ったのは柄谷行人氏。
ちなみに氏にとっては初めての体系本です。


ボロメオの環とは三つの輪で見ると
連結しているけれど二つの輪同士は
連結していないという、三位一体のもの。
母胎こそないけれど一つの輪を取り除けば
全てがバラバラになってしまうという不思議な構造をしています。






フロイトはこの概念から無意識、前意識、
意識から成立する第一局所論を展開し
エス、自我、超自我である人格構造論(第二局所論)へ向かいました。


「フロイトへ還れ」と回帰論を唱えたラカン
また我々の世界を現実界、想像界、象徴界に分け、
それをボロメオ的に結んでいますね。
(上記はいつか記事で紹介するとして)
柄谷氏もまた、資本主義はボロメオであると言います。



共同と平等を望むネーションは格差を作り出す
資本原理と対立するけれど国家は再配分によって
それを実現しようとしている。しかし国家は
グローバリズム、資本の増大を思考する、
そんなそれぞれの思惑が複雑に絡み合った構造なんですね。



このジレンマ的な構造によって、あらゆる
議論はその輪の中から出ることができない。
つまり氏は「そもそもの前提」を知らないと
統合することはできない、と言っているのでしょう。



なるほど、見ればマルクスは資本主義を
ボロメオ構造で定義していませんでした。
市民革命によって国家が消滅すれば、
自由な個人同士が連結する共同体が生まれ、
新しい社会が構築されると思っていたのですが
実際は労働者階級の「代表」が生産や権力を握ってしまいました。



つまり王様がすり替わっただけに過ぎなかった、と。
ネーションの望む平等は達成されないどころか、
余計に悲惨な結果となったんですね。





氏は、そんなボロメオの環から抜け出す為、
原点回帰を説いています。それは国家が
出現する以前の社会、つまり氏族社会であり
互酬性の原理に基づいた交換様式への回帰です。



互酬とは、贈与とお返しのこと。
そこから世界共和国が形成されるというのですが、




ただ・・・・




と、
長くなったので、続きは次回(゜゜)





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