小林秀雄は将棋という遊戯が人間の一種の
無智を条件としていることが分かってました。
名人達の読みがどんなに深いと言っても全知に届くことは不可能だ、と。
故に、だからこそ、勝負という概念が
成立するのであって仮に将棋の神様が
二人で将棋を差した場合、無意味なものにしか
ならないと看破したのです。
「ともかく、先手必勝であるか、後手
必勝であるか、それとも千日手になるか、
三つのうち、どれかになる事は判明する筈だな」
「そういう筈だ」
「仮りに、後手必勝の結果が出たら
神様は、お互にどうぞお先きへ、という事になるな」
「当り前じゃないか。先手を決める
振り駒だけが勝負になる」
「神様なら振り駒の偶然も見透しのわけだな」
「そう考えても何も悪くはない」
「すると神様を二人仮定したのが、
そもそも不合理だったわけだ」
「理屈はそうだ」
「それで安心した」
「何が安心したんだ」
「結論が常識に一致したからさ」

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