2017/08/05

2人の神様


小林秀雄は将棋という遊戯が人間の一種の
無智を条件としていることが分かってました。
名人達の読みがどんなに深いと言っても
全知に届くことは不可能だ、と。


故に、だからこそ、勝負という概念が
成立するのであって仮に将棋の神様が
二人で将棋を差した場合、無意味なものにしか
ならないと看破したのです。






「ともかく、先手必勝であるか、後手
必勝であるか、それとも千日手になるか、
三つのうち、どれかになる事は判明する筈だな」 



「そういう筈だ」 


「仮りに、後手必勝の結果が出たら
神様は、お互にどうぞお先きへ、という事になるな」 


「当り前じゃないか。先手を決める
振り駒だけが勝負になる」 


「神様なら振り駒の偶然も見透しのわけだな」 


「そう考えても何も悪くはない」 


「すると神様を二人仮定したのが、
そもそも不合理だったわけだ」 


「理屈はそうだ」 


「それで安心した」 


「何が安心したんだ」 


結論が常識に一致したからさ







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