2016/09/29

「これ以上、欲しくない」というニーズ



2013年にローレンス・サマーズが唱えた
「長期停滞論」、古くはマルクスやケインズも
同じことを言ってたみたいです(゜゜)




今日はそれについての考察でも。
あくまでも個人的な考えです。






テレビ、冷蔵庫、洗濯機、
カラーテレビ、クーラー、自動車、
デジカメ、DVDレコーダー、薄型大型テレビ。。。



時代と共に三種の神器は変わってますが、
今の時代、よほど劇的に性能が向上しなければ
新しく買い替えようと思いませんよね。



コモディティ化とは欲望の消滅。
ヒトはもう「お腹いっぱいの状態」なんです。



新しい「モノ」消費が見いだせない以上、
企業側が設備を増やしてまで作ろうとは思いません。
研究開発や設備にお金を使うことがなければ
従業員が増えることもないでしょう。



「スマホやゲーム産業があるじゃないか」と
思うでしょうが、これらの産業は今までの
経済成長の原理と異なってます。



ソフトウェアは製造業と違って設備投資や
たくさんの人手を必要としませんからね。
産業が発達し、そこからたくさんのサービスが
派生したとしても、限定された雇用しか生まれないのです。



雇用が増えなければ、当然消費も増えない。
少子高齢化によってさらに増えない。



だからスマホやインターネットによって
日常生活が劇的に変わったにも関わらず、
経済的には停滞しているわけでしょう。




企業の内部留保が批判されてますけど
逆を言えば自社株を買い、配当に回すしか
方法がないんじゃないかしらん。








こうして行き場を無くした富は
分配されることなく、集中されていき、
この国の貧富の差は最貧国レベルになってます。



ジニ係数は0・57、所得は減る一方。
国家はそんな歪な環境を無視して
さらに消費を増やそうとしていますね。



企業だって似たようなもの。
やれAIだ、IoTの時代だとテクノロジーを
歓迎していますが僕はそう思わない。



例えば人工知能が発達すれば、やがてロボットだけで
稼働する工場が作られるようになるでしょう。



しかし、そのロボットが作った製品を
購入するのは誰ですか?




安くできた服を着るのは誰?
自動運転する車に乗るのは誰?




消費するのは我々生身の人間です。
よって供給側の効率をいくら最大化しても、
需要側である我々に「買う意志」が失われれば、
テクノロジーの進歩など意味がないんです







ニーズが人間の「欲求」であると定義するならば、
今のニーズには「非購買欲求」だってあります。
断捨離だって、立派な欲求の一つですよ。



そうなるともう合理的な理性では解決できない。
「これ以上、無駄なものは欲しくない」という
ニーズに対応できるのは、ヒトの感性だけです。





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