2016/09/25

職人、な小噺





ラジオ番組のパーソナリティであり
随筆や作詞も手掛けていた故・永六輔さんの
著書に「大往生」という、ベストセラーがあるのですが、
一番書きたかったのは「職人」だったと、語っているようですね(゜゜)





今日はそんな「職人」な小噺でもしますか。











とある繁盛店が急に店を畳み、
移転することになった。



周囲の人はそれを見て
「もっといい場所に移るんだろうな」と
思っていた所、新しい店は裏通り。
規模も以前より小さいものだった。



不思議に思った人が尋ねたところ、
その理由は意外なものだった。



「大きくなりすぎて、目が行き届かなくなってきたからね」。



六輔氏はそれを聞いて、職人の価値観を
実践で生きている人だな、と脱帽したと言います。



もちろん、これは職人のような生き方が
正しいと言う意味ではありません。



現代の拡張・拡大の志向性は
疑う余地のない最優先の価値に見えるけど
先ほどの店主からすればそうじゃなかったのです。



自分が見れる範囲ではなくなったものを
世に出すことに納得できない。
その精神性に、氏は感銘を受けたんですね。



「職業に貴賤はないと思うけど、生き方には貴賤があるねぇ」



なるほど、その言葉の裏には
「卑しい人間にはなりなさんなよ」と言う
意味が込められているのではないでしょうか。









現代の表現者はネタ探しに忙しい。
あれはどうだ、これはどうかと常にアンテナを張り巡らしてます。



もちろん、その行為自体を楽しんでいる人は
良いでしょうが、大半が儲け話を探し回っているだけでしょう。



反面、職人的価値世界というものは
余計に儲けよう、広げようと言ったものではありません。



それは向上心がないのではなく、
そこまでの欲がない、卑しくないと言うこと。
目指すもの、優先するものは品位と高さなのです。



☞☞



海外からの観光客は日本の包丁を
お土産によく買っていきます。
海外の星付きレストランのシェフも来日すると、
包丁を何本も買い込み、本国に持ち帰るそうです。



それだけ日本の技術力は凄いんですね。
遡れば、それは日本刀に辿り着くでしょう。



江戸時代以前、つまり400年以上昔のものが
今なお残っている日本刀。それだけ保存技術が
優れていた証拠でもある、と。



そんな和鉄の製鉄法は未だ解明されず
最近になって現代のナノテクノロジーのような
高い技術が使われていたことも分かってきてます。



日本ほど、もの作りにこだわっている国はない。
輸入した技術であっても納得いくまで改善し、
やがてオリジナルを超えた技術を生み出すことができるのです。




そしてモノを使い捨てではなく
ずっと大事にしていこうと思う心や
無名に徹し、 黙々と生きることに抵抗のない心、



そんな美意識の志向性を持った人が
社会を影で支えているということを
我々は忘れてはいけませんね。





「後記」




氏は今のテレビがダメになったのは
タレントや製作者がいくつもかけ持ちする
「マルチ」になってしまったのが原因だと指摘したそうな。



ものづくりに関しては、かけ持ちは無理。
情熱を持って番組を作るのなら週に1回が限界だ、と。



カンニングの竹山さんはその話を聞いた時
「そんな時代じゃないよ、それじゃ食っていけないよ」と
思っていたようだけど、最近は「クリエイティブにものを
作っていくって、そういうことだと理解してきた」と答えていますね。



忙しい現代では受け入れにくい考えですが、
多分に、そういうことなのでしょう。




そんな「質的向上」の縦軸と量的拡大の横軸が
統合されたフランチャイズ・ビジネスモデルを
クライアントと共に作りたいなと思ってます。



それが全国に100ほどあれば、この業界のイメージが
大きく変わるんじゃないかなと(゜-゜)




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