2015/04/20

回帰論




民意が政治に反映されていないとか、
民主主義が崩壊していると言うセリフは
いつの時代も叫ばれているが、



実際、この国の政治は民衆の
意見によってきちんと機能しているのであって、
正当に反映している。



例えば、個人の欲望を実現する為に
金が必要だと「大多数」が思っていれば、
政治における民意はそんな「多数派の意見」であって
「感情量の多寡」である。



我々が無責任で個人の欲望を追求すれば、
政治家も同じ様に無責任に利己的に向かう、



まさに民意が抱く思想によって
国家もあり方を変えていっているじゃないか。










プラトンの国家を見た方は
金を無価値だとし、私心無き哲人王によって
国家を統治させよ、というかもしれない。



しかし、それは純粋精神(質)への回帰ではない。
単に教祖が哲人王にすり替えられただけであって、
社会主義の精神バージョンではないだろうか。



そんな思想統制など、北と変わらない。
必要なのは個々のあり方である。




「後記」



そもそも「国民」という人間なんて、
どこにもいやしないように、
民意と言うものも実体がないものだ。



議員のAさんの意見でもなければ、
教祖のBさんでも一般人のCさんでもない。



そんな実体のないものをさも全員の意見のように
取り扱っているのが政治なのだけれど、



そんな「特定できないもの」が「多数」集まったものに
一体、どれほどの力があるというのだ。



本来の民意は数量以前、
つまり人間の質の問題であって、



それを取り扱っている機関(学問)が
現在不在だというのが、一番の問題だろう。




個人の「質」をどうやってあげるか。
それは、自分で考えていくしかない。



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