2018/04/21

週末、徒然なるままに。



心が疲れている時、一人になりたいと
言う人と誰かと一緒に居たいと言う人がいます。


僕は前者なんですが、多分に感覚を閉じる
ことで心の回復を図っているのでしょう。
人は辛いことや苦しいこと、悲しいことが
あると感覚を閉ざすことでそれ以上心が
傷つかないようにしますからね。


まあ現実逃避は昔からある処世術、
暫くすればまた開かれるでしょうが
現代社会では上記とは異なった現象が
起こってるように感じますね。



特別辛いことがあったわけでもないのに
「感覚を閉ざす」人が増えてる。しかも急速に。
まるで理性の判断を優先させることで
感性の働き自体を否定(拒絶)しているかのようです。




こういった感覚の閉じ方は危険ですね。
非常に危ういものを感じます。







そういった人たちは「感じる」ことを
否定する代わりに「理解」しようとします。



例えば最近の医者は目の前の患者を診察せず
カルテの数値だけで判断し薬を処方するでしょう。
情報や知識や数値・データが「現実」であって
目の前にいる患者は現実ではないんです。


感性と分離した自己は慢性的な孤独感に
襲われてしまうと言いますが納得ですね。
だってその人が見ているのは脳(理性)が
作り上げた架空の世界ですから。







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