とある雑誌に、芸道の世界で生きる人への
インタビューが掲載されていたんですが、
「一回の人生では足りない、もう一回人生が欲しい」
そう答えてました。
芸道とはそのようなものでしょう。
道には追及してもしきれない深淵さがあります。
人生が足りないと言う心の奥には
「まだ死ねない理由」が明確にあるということ、
なるほど、死ねないという意志は即ち、
生きるという決意表明でもある、と。
そんな人は本当の意味で生きていますね。
人生は六道輪廻、ぐるぐる回って
抜け出せないラットレース。
だからとっとと悟りましょうと、
さも人生が無意味だと思ってる
人がいるようですが、そんなことありませんよ。
悟りの世界がどれほどの極楽か知りませんが、
どうして。この世界だって捨てたもんじゃない。
例えば生涯かけて愛した人と
離れてしまわなければならないとき、
必ずその人生には「未練」がありますよね。
もっと話したい、もっと一緒にいたい。
誰だって、そう思うはず。
未練、執着と言えばそれまでの話、
ただ、「かけがえのないもの」と言えば、
その意味は180°変わってくる。
掛け替え(代用)がないとは、
絶対的なものに気が付くこと。
絶対的なものに気が付くこと。
それに気が付いたとき、その人は
意識、無意識にかかわらず、
自分の人生を大肯定してるわけでしょう。
それがあっただけで、有限で無意味な
物質世界に生まれてきた甲斐があったってもんです(笑)
☞☞
思えば、そんな人達だけではなく
死にそうな目にあって助かった人も、
「何もない日常」を喜ぶことができますよね。
「生きてるぞ!」と、生を謳歌します。
別に特別何かあったわけじゃないのに。
じゃあなぜ、「今」そう思わないのか。
なぜ、「今、この瞬間」できないのか。
当たり前だと思っちゃうんですね。
この絶対的な生の幸福を。
☞
明日はどうなってるかわからない。
だけど、今はこうやって元気に生きてる。
それって、究極のかけがけのなさですわ。
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