人類学という分野から構造主義を広めた
レヴィ・ストロース氏の「野生の思考」に
書かれているブリコラージュ論。それは
抽象的概念や専門用語などを使わずに
具体性、すなわち色、音、感情や感覚に訴えるものを対象とします。
知性の奥に潜む野生の思考構造、
氏は我々の揺らぐ感性に注目したんですね。
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野生と書くと語弊がありそうですが
我々はこういったことを日常経験しています。
例えばレシピに沿って作る料理ではなく、
冷蔵庫の中のあり合わせで作ることもブリコラージュです。
そんな即席、即興性は理論や設計を
基軸としたエンジニアとは対照的ですね。
一見無価値、無意味なものを「直感で」拾い上げ、
その寄せ集めで一つの「意味」を作り出すのです。
なるほど。多様な対象を差別(区別)する
ことなく「巻込む(統合)」と。プライマルな
全体観がなければこの思考はできないでしょう。
なんだか野蛮で知性のない、まるでジャングルに
住む原住民的な本能のようですがそれは個人の
経験を超えた非時間的な直接表現なのかもしれませんね。
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近代、飼育された思考(栽培された思考)が
現在の社会を動かしてきました。マス時代の
「マーケティング」や「ブランディング」などは
全てこの「飼いならされた思考」の産物でしょう。
しかしそれは「だれかの」設計者によって
植え付けられたもの。「飼育された思考」が
完成されればもはや異論が異論でなくなってしまい、
本人に無許可で行動や思考の「パターン」を頑強に
作り上げてしまいます。
私たちが思い込みによって排除していることは
たくさんあるということ。
自分の否定的な考えや選択肢を「まず疑うこと」が大事ですね。
「後記」
村上春樹氏の著書「ねむり」では
近代社会の中で制度化され、飼い馴らされ
劣化した「ねむり」をテーマにしています。
短編ながら「制度」を実にうまく表現してます。
(ネタバレになるんですが)本書の中の女性は
制度という檻から出る手段として17日間眠りませんでした。
結婚した事で眠らせていた「本音の自分」を取り戻す為、
つまり目覚める為に眠らなかったのでしょう。
睡眠を拒否するとは死を拒否すること。
ある意味現実逃避です。しかし彼女は
パターン化され劣化していく人生に対し
抵抗を必死に抵抗したのです。
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