最近あるきっかけで自称セラピストの人の
書いてるブログを見たんですが、その内容って
やつが「どんなゲスなことでもそれが
あなたの本音、認めて解放しよう!」ってやつでした。
やれやれ。ローティの言葉は正しいですね。
慎重に伝えるべきテーマを浅薄にすれば
それを見た一部のバカが真に受けるんです。
「人間、素直が一番」ってね。
では差別意識を持ってる人の
素直さってどうなの?思考停止して
イデオロギーに従ってる心って本音なの?
アドルフ・アイヒマン
にんげん正しさだけじゃ生きられない。
んなもん当たり前、大前提の話です。
それと「表現して良い」は別問題ということ。
おたくらの「心」とか「本音」とか
「思い」なんてテロの免罪符にはなりませんわ。
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アクセル全開で公道を突っ走る。
多分に、それが自由だと勘違いしているのでしょう。
そんな人は車の教習所を思い出せば良い。
歩行者が飛び出してくるかもしれない、
交差点で車が突っ込んでくるかもしれないと
予測しながら運転する技術を教えられるでしょう。
あれは加害者にならないためだけでなく
被害者にならないためにも覚えるんです。
それを面倒だと言うのなら砂漠にでもお行きなさいな、ってね。
「後記」
そんな被害者意識を持った加害者を
よく見る今日この頃、これって煎じ詰めたら
「だってにんげんだもの」みたいな
自己啓発(自己肯定)が根幹にあるんじゃないかしらん。
「だってにんげんだもの」みたいな
自己啓発(自己肯定)が根幹にあるんじゃないかしらん。
ちなみにネットでアンチ自己啓発vs推進・擁護派の戦いとか見るでしょ。
あれ、アンチやないからね。
実際は知性と無知(バカ)との戦いなのよ。
あれ、アンチやないからね。
実際は知性と無知(バカ)との戦いなのよ。
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