自然は円環螺旋によってバランスを保っている。
太陽系や原子、そしてDNAの二重螺旋を見れば、
そのパターンのフラクタルに驚きを覚える。
引き付ける力と反発する力。
これらは割り切れることなく揺らぎながら
螺旋を形成しているのだろう。
それは、まるで壮大な調和のダンスを
踊っているかのよう。
我々はその動きに身を任せさえすれば
自然にバランスを保つ様、創られているのかもしれない。
ライデンフロスト
不調和は人間、理性の世界。
調和は自然、感性の世界。
調和は自然、感性の世界。
川に流され溺れている人は自分の力で
岸に辿り着こうと必死にもがくけれど、
身体の力を抜き抵抗を止めれば浮力の
原理によって自然と身体が浮いてくる。
反面、恐怖でパニックになってしまうと
力任せに泳いでしまい、結果どんどん
沈んでしまう。自然に反する行為は
頭で考えると正しく見えるから厄介だ。
沈んでしまう。自然に反する行為は
頭で考えると正しく見えるから厄介だ。
✍✍
パターン(状態)の中に解がある。
見れば数学の世界でもそう。
円周率がなぜ無限に続くのか、
なぜ素数には出現パターンがあるのか。
自然な感性を持った数学者であれば、
そんな無限のループに永遠の創造を
見るかもしれない。仏教が時間の概念を
円環螺旋としているのも、それがまるで
生命そのものであると感じていたのだろう。
宗教家なら眩しい光の放出のように見えるかも
しれないし、芸術家なら創造者側のメッセージが
見えるかもしれない。
多分に、この構造によって我々は「ナニカ」を
惜しみなく無限に与えられているのだろう。
惜しみなく無限に与えられているのだろう。
コーヒーを飲みながらそんなことを考える。
蝉時雨。今日はお盆ですな(´-`).。oO
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