「科学の道を少し進むと神から離れるが、
さらに究めればこれに回帰する」
これはルイ・パストゥールの言葉、
なるほど、世界を調べれば調べるほど、
科学者たちは神の仕業を目にしてしまうのかもしれませんね。
例えば科学の発達によって、我々を含めた世界は
あり得ない確率によって存在していることが分かってます。
ベンローズによれば、ビッグバンが生じる確率は
10の60乗分の1、
あえて書くとこんな数↓
1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
そんな気が遠くなる確率から誕生した宇宙で
我々が人間として生まれる確率はどれくらいかと言うと、
4の30億乗分の1。
(0が入らないので書きませんが)
これは、宝くじの一等が100万回連続で当たるのと同じ確率のようです
頭で考えても到底、理解できませんね(゜゜)
前もって全て(全知)が分かっていたとしか、思えない。
だからお釈迦さんは人間に生まれたことは
「ありがたい(在り難い)ことだ」と言っているんでしょう。
奇跡は日常で起こってる
そんな自然の織りなす奇跡に
我々はつい、理性によって余計な手を加えてしまいますが、
世界は秩序そのものであって、
我々が秩序を与える側ではない。
僕はそう思ってます。
アレグザンダーの言うように、
「体系」や「手順」とともに作業をしないと
環境が混沌に陥ると思い込んでいる人は多いけど、
自然の秩序と調和する側は人間の方でしょう。
僕がやってる組織論は、そんな(自然)感性への回帰です。
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