2015/08/10

対話編④ ~ペア・陰陽・漢意・真心~






「スサノオミコト、アマテラス、
そして謎のツクヨミ、と」




「ほー、珍しく予習してきたか」




「この三神の物語って面白いね。
特にスサノオとアマテラスは人間みたい」



「そんな人間的な神がそれぞれの場所を司っている、
例えばスサノオが海の神のようにね」



「なんか、全知全能の神って感じがしないね。
アマテラスなんか、いじけて隠れちゃうし」




「本来、この国は絶対的な存在ではなく、
個々の能力を持った神が集まってるという見方なのだ」




「まさに主体的依存。
持ちつ、持たれつの世界だね。」




「これを僕は自己中心、と呼んでいる」




「この国には、ずっと昔から多様性の精神が
息づいていたんだね」




「アマテラスとスサノオといった
対照的な二人の中に、ツクヨミがいるのもポイントだ」




「そうそう、三権分立みたいな感じがした」




「いや、これは三権分立ではない。
対立する二つの力の間に緩衝があるのだ」




「それって、君の言ってる中空均衡のこと?」




「そう。間であり、境界線といった
どっちにも偏りすぎていない状態を指す」



「ナウシカや、アシタカがそうだね。
仲間の忠告じゃなくて、自分軸に従ってる」




「この映画が伝えてるのは共存の道だろうね。
志向性は両方の幸福を目指しているから」



「対立二項のあいだを発見しようとしてるんだ」



そして、それは簡単にうまくいかないという
設定になってる




「宮崎アニメっ、深っ」



「引退宣言したけど、新作を制作しているみたいだね。
ファンとしてはとても嬉しい」









「その立場からすると、どっちが陰で
どっちが陽かなんて分からないね」




「陰陽思想は統計、確率論のような気がする。
星座や血液型占いみたいに、以外と当るけど
真理と呼べるようなものではない」



「それを絶対的な理論にするのは
乱暴にカテゴリー化してるのと同じことなんだ」



「例えば、天照大御神は
陰陽思想で言うと陽だろ」



「太陽は陽、月が陰だからね」



「しかし天照大御神は女神だ、
そうなると女性、陰の立場になるだろ」




「ホントだ、矛盾してる」




「ツクヨミもそう。月である夜の神なのに男。
陰でありながら陽の立場でもあるのだ」




「陰陽が一緒になってるね。
こんなに昔から、統合原理を使ってたんだ」




「どっちか正確に分からないまま絡み合っている。
しかし、それと同時に決定されたものもあるのだ」




「その立場はいつか転じて
反対に変わるってことだね」




「いや、そんな陰陽に対する
対極や無極もまた、宣長は否定している」




「それも漢意だってこと?
でもそれじゃ全部不可解。何も決定できなくなっちゃうよ」




「それが「即」の本来の意味なのだろう」




「モヤモヤが取れないよ。全然スッキリしない」




「すまん、ここらへんはまだ説明できない。
個人的に極まれば、反転すると思ってるのだが」




「毒は薬に転じるかもしれないし、
転じないかもしれないってことだ。
だから君は西洋医学を批判しながら、
どこかでは肯定してるんだね」




「水で例えるなら、水面をバシャバシャ
波立ててるのと、底からぐるぐる回しながら
水面に波が生まれる違いだと思ってる」




「あーね、テクニックや手段は
水面バシャバシャ派なんだ」



「それでも一応、波は立つ。
しかしいったん、手を止めれば・・・」



「今の経済成長みたいだね。
消費が止まったらアウト、みたいな」




「この例えも正しいかどうか、わからないけどね」




☞☞



「固定できないものは語れないし、
どうして陰陽となったのかも、答えられない。
これは以前書いた究極の問いである以上、しかたない」



「僕らは結果として眺めることしかできないからね。
根本の生成原理は分からないもん」



「故に、我々は信によってそれを
決定するんじゃないかな、と思ってる」




「だから矛盾の中の絶対、
偶然から必然を「主体的に」掴めって言ってるんだ」




「そう。そしてこれは
人間の善悪にも通じる部分でもある」




「どゆこと?」



「我々の中にもまた、善悪が同時に存在している。
暴力的な自分もいれば、優しさと愛情のある自分もいるだろ」



「確かに。一概に良い人と悪い人って、
分けられないよね」



「多分、これが北野武の映画のテーマだ。
人間の内面にある陰、暴力と支配の部分を描いているのだ」




「バトルロワイヤルもそうだね。
日常が崩れることで、簡単に変わるわけだし」




「小さな子供だってそうだよ。
罪悪感なき無邪気さとは、下手すれば恐ろしいものになる」




「素直と無邪気さもまた、正しくないと。
確かに、子供って平気で生き物を殺したりするもんね」




「そう。最近は低俗な思想が増えて、
無邪気なワクワク人間になろうとしてる。
一体、何のために痛みを経験したのだか」




「他人の痛みを知る経験がないと、
心の芯は動かないって言いたいの?」




「アメリカでは原爆投下が正しかったと
半数以上が思っているようだが、これもそうだ。
持論を正当化するあまり、意味もなく命が失われることが
どれだけ恐ろしいことか、分かってない」




「最近の若者は変わってきてるみたいだよ。
昔の価値観が反面教師になってるんじゃないの」




「そうかもしれないね。歴史を学ぶとは
過去から息づく大事な精神を知るだけでなく、
過ちに気付き、訂正することでもあるからな」




「後悔は先に立つことがないからね」




「そう、それを神道は穢れと呼んだんだ。
穢れは誰にでもある、だから祓う事が大事だ、と」




「塵が積もって山になる前に、ってことだ」




「まあ、この話は長くなるからまた別の機会にでも」




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