- 最近、アルフォン・リンギス氏の著書、
「何も共有していない者たちの共同体」を読み終えたのですが、
心理学的観点から見た他者との関係性と、
哲学的観点から見た他者との関係性の対比は興味深い予測が生まれます。
はい、完全にオタク的な趣味です(笑)
今日は共同体にある社会対人について。
あくまでも個人的な意見です(。・ω・)ノ゙
マサチューセッツ工科大学の教授で臨床心理学者
Sherry Turkle氏は著書「Alone Together」でこう警告しています。
SNSなどのソーシャルテクノロジーが感情的な危険を犯さずに
人とつながることのできる関係を築く手助けをしてくれているようにみえる。
しかし、そんなのは完全な幻想であり、
実際にはより孤独であり、より精神的なプレッシャーを与えている。
また、自ら物理的で雑多な、混沌とした生活から
抜けだそうとすることによって、私たちは外に出て
新しいことに挑戦してみる姿勢を失ってきている、と。
みんなで一人(孤独)という言葉は
なるほど、的を得ていますね。
「みんなぼっち」ということでしょう。
繋がることで、僕らはますます孤独になる。
ちょっと極端かもしれませんが、
大事なのはその「繋がり方」、まさに方法でしょう。
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昔の血縁、地域縁、社会縁の組み合った共同体が
崩壊と言われずいぶん経ち、社会は現在、対人の社会サービス基盤を渇望しています。
関わり方がますます閉鎖的になると、
さらに加速するでしょう。
結局インターネットでは心の隙間、
人と人との「間」は補完してはくれないようです。
つまりツール(枝)であって、基盤(幹)ではない、と。
☞ ☞
今までは道路やらセクターやらの
産業重視の基盤を作ってばかり。
肝心の「対人基盤」を置き去りにし、
目に見えるインフラばかりに目が行ってました。
共同体のシンボルを所有することで人は必然的に満足するだろう、と。
ただ、家を買えば家庭円満にはなりません。
確かな基盤とは、見えないところから派生するのではないでしょうか。
そもそも「関係性」というものは
タダで安心できるものではなくてはならない。
ツールに目を向けても本質は変わらない、
必要なものはそれとは違う場所にある気がするんですね。
時には煩わしくもあるけれど、
安心できる場所。
この「安心感」はお金では買えないものだと思います。
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